2024年8月29日に、厚生労働省より2024年度地域別最低賃金の改定額が公表されました。全国平均で51円と大幅引き上げとなりました。中小企業(特に飲食店など)においては、「地域別最低賃金=自社の事業場内最低賃金」というところも少なくないため、改定による企業収益へのインパクトが非常に大きいという事業者様も多いのではないでしょうか。
今回は、この地域別最低賃金の引上げが、補助金にどのように影響するのかについて解説いたします。
(参考:厚労省令和6年度地域別最低賃金答申状況)
目次
補助金と地域別最低賃金の関係性
補助金は、単に「困っている事業者等を支援しよう」という目的のみで行われているわけではなく、補助金ごとに実施する目的が存在します。
中小企業・小規模事業者等が今後複数年にわたり相次いで直面する制度変更(働き方改革や被用者保険の適用拡大、賃上げ、インボイス導入等)等に対応するため、中小企業・小規模事業者等が取り組む革新的な製品・サービスの開発、生産プロセス等の省力化を行い、生産性を向上させるための設備投資等を支援します。
出典:ものづくり補助金公募要領
本事業は、中小企業・小規模事業者等が今後複数年にわたり相次いで直面する制度変更(働き方改革、被用者保険の適用拡大、賃上げ、インボイスの導入)等に対応するため、生産性の向上に資するITツール(ソフトウェア、サービス等)を導入するための事業費等の経費の一部を補助等することにより、中小企業・小規模事業者等の生産性向上を図ることを目的とする。
出典:IT導入補助金公募要領
上記の通り、近年は国(経済産業省)は特に「賃上げ」を重要視しています。単に申請事業者の生産性向上を目的とするのではなく、生産性向上により企業の利益等を向上させ、その分を賃上げという形で従業員に還元することが期待されています。
そのため、多くの補助金においては、賃上げを行うことが補助金を申請するための申請要件であったり、または賃上げを行う事業者については審査において加点する措置を行っています。
ものづくり補助金と賃上げの関係性
ものづくり補助金では、【給与支給総額の増加】と【事業場内最低賃金を地域別最低賃金+30円以上の達成】を補助金の申請要件としています。
またそれに加えて、より大幅に賃上げを行った事業者については、補助上限額の引き上げ措置も行っています。
- 給与支給額の増加:自社の従業員(役員含む)全員に対して支払う給与の総額を、年平均1.5%以上増加させること
- 事業場内最低賃金を地域別最低賃金+30円以上の達成:設備を導入する事業場(≠会社全体)において、時給換算した場合に最も低い従業員の時給を、地域別最低賃金より+30円以上の水準にすること
事業実施期間は3年~5年の間で事業者自身が選択して計画を立てます。3年計画の事業者より、5年計画の事業者は、その分長期にわたって賃上げ計画の達成が求められます。
給与支給総額については、あくまで基準年度(補助金申請時点の前後6カ月いずれかに決算月を迎える年度)と比較して毎年総額を向上させていくのに対し、事業場内最低賃金については、計画期間中の毎年3月時点の事業場内最低賃金が、その時点の地域別最低賃金より+30円以上上回っているかどうかが達成・未達成の判断基準となります。
申請時点で「+30円以上」の要件を満たしていても、毎年地域別最低賃金は改定されます。今年度のように地域別最低賃金が+50円となった年は、ものづくり補助金の採択企業は申請時の地域別最低賃金より+80円以上上回っていることが求められるということです。
3年計画であれば、設備導入後の3年中に1度でも未達成の年があれば、その時点で未達成となり、補助金返還を求められる可能性があります。
事業再構築補助金と賃上げの関係性
事業再構築補助金でも、事業場内最低賃金を地域別最低賃金よりも一定以上引き上げることで、補助上限の向上措置や加点を受けられる申請類型が存在しています。(再構築補助金は要件や加点などごちゃごちゃしているので、詳細は省きます)
上乗せ措置・加点を受けている場合は都度毎年度の最低賃金に応じた引上げが求められます。
なお、余談ですが、ものづくり補助金と異なり、事業再構築補助金の基準年度は「補助事業終了年度」が基準となります。
IT導入補助金と賃上げの関係性
IT導入補助金では、補助金額が150万未満では加点、150万以上では必須要件となっています。
加点とはいいつつ、近年人気が高まっている補助金ため、150万未満においてもできるだけ加点は取っておきたいという状況です。
上記はIT導入補助金の公募要領からの抜粋ですが、1年目から未達成なら全額返還、2年目なら2/3返還、3年目なら1/3返還と、どのタイミングで達成できてなかった場合、どの程度の返還率となるのか、一番わかりやすい説明がされています。
一方で少しややこしいのは、IT導入補助金では賃上げ対象となるのは、『ITツールを導入した事業所』ではなく『主たる事業所』についての報告が求められます。
東京に本店があり、大阪にある支所にITツールを導入する場合でも、主たる事業所である東京都において最低賃金+αが求められることに気を付ける必要があります。
小規模事業者持続化補助金と賃上げの関係性
小規模事業者持続化補助金でも、賃上げが申請要件となっている枠と、加点項目となっている枠があります。
他の補助金が、補助事業終了後3~5年間報告を求められるのに対して、小規模事業者持続化補助金の状況報告は1年(1回)のみのため、地域別最低賃金の改定の影響は比較的少ないかと思います。
事業場内最低賃金の計算方法
事業場内最低賃金は、その名の通り、その事業所における最低賃金(時給換算額)です。
一般的的には、パートの方や、事業場内でも一番若手の方などの賃金が対象になるかと思います。
最低賃金の基本的な計算方法は、厚生労働所のHP上に説明があります。
対象の従業員が時給制の場合の最低賃金の計算方法
時給の方が事業場内最低賃金の対象となる場合、その従業員の時給=事業場内最低賃金となります。
対象の従業員が日給制の場合の最低賃金の計算方法
日給÷1日の所定労働時間数=事業場内最低賃金
対象の従業員が月給制の場合の最低賃金の計算方法
月給÷1月の所定労働時間数※=事業場内最低賃金
※1月の所定労働時間数=(365日-年間所定休日数)×1日の所定労働時間数 ÷12ヵ月
最低賃金の計算に含まれる金額
最低賃金の計算対象となるのは、基本給+諸手当ですが、計算に含まない手当もあるため、注意が必要です。
計算対象に含む | 計算対象に含まない |
---|---|
基本給 左記以外の手当(役職手当、職務手当など) | 通勤手当 家族手当 精皆勤手当 時間外勤務手当 休日勤務手当 深夜割増賃金 臨時に支払われる賃金(結婚手当、退職金等) 1カ月を超える期間ごとに支払われる賃金(賞与等) |
賃上げは従業員全員に対して行う必要があるのか
賃上げ加点を検討される際に、「従業員全員に+30円しなければならないのか」と質問を受けることもありますが、あくまで「事業場内最低賃金を地域別最低賃金+30円以上」にすることが求められているだけです。
しかし、それまで事業場内最低賃金の計算対象だった従業員の時給を地域別最低賃金+30円にしたところ、ほかの従業員が事業場内最低賃金の対象となり地域別最低賃金+30円を満たさないという場合、もちろんこの場合は要件を満たしたことにはなりません。
対象の事業場内に、1人も「地域別最低賃金+30円以内」という従業員がいない状態とする必要があります。
おわりに
この数年、毎年の地域別最低賃金は約3%以上の引上げが続いています。
そのため、賃上げ加点を検討する(または既に受けている場合は達成させる)際においては、地域別最低賃金の引上げ率も加味したうえで計算をする必要があります。
ところで、最近の物価高上昇を背景に、「最低賃金は最低でも1500円にしなければ」などといった声もちらほら聞こえるようになりました。給与を受ける側としてはもちろん、苦しい状況にある中、最低基準が引き上げられてほしいというのは切実かと思います。
しかし、最低賃金法上では地域別最低賃金は、労働者の生活費及び賃金だけではなく、支払い能力も考慮して定められなければならないとしています。
(地域別最低賃金の原則)
第九条 賃金の低廉な労働者について、賃金の最低額を保障するため、地域別最低賃金(一定の地域ごとの最低賃金をいう。以下同じ。)は、あまねく全国各地域について決定されなければならない。
2 地域別最低賃金は、地域における労働者の生計費及び賃金並びに通常の事業の賃金支払能力を考慮して定められなければならない。
3 前項の労働者の生計費を考慮するに当たつては、労働者が健康で文化的な最低限度の生活を営むことができるよう、生活保護に係る施策との整合性に配慮するものとする。
このような状況で、日本の99.7%を占める中小企業が急激な賃上げに耐えられるかというと、なかなか簡単ではないなあと思います。
支払えない企業は淘汰されるべきなんていう過激な声も聞こえますが、本当に地域の中小企業・小規模事業が消えていった場合、困るのはその企業によって巡り巡って支えられている国民です。(大企業の提供する製品も、中小企業・小規模事業が作っているから成り立っており、単純に大企業が買収すればよいという簡単な話でもありません)
賃上げ促進税制だ賃上げ助成金だなんだと制度が作られても、そもそも支払う原資がなければどうにもならないわけで、きちんと現場の実情に見合ったペースで無理なく引上げが続いていくといいなと切に思います。
また、大企業が達成できて中小企業ができていないのであれば、実現している大企業がそれに見合った価格転嫁を下請け企業に対して行っているのかのチェックなどを、国の主導で進めていただきたいなと思います。下請法がどうこう、独禁法がどうこう、「価格交渉促進月間」だといわれたところで、交渉の場を自ら設けようと声をあげられる中小企業はどれだけいるのでしょうか…。99.7%の中小企業企業が個々にボトムアップで働きかけるより、国が0.03%の大企業等に声掛けをしてトップダウンで話を進めるほうが早いのでは、と思うところです。