「社員を育てたい。でも、研修費用が…」。
そんな悩みを抱える中小企業の経営者にとって、国の助成金制度は心強い存在です。

厚生労働省が実施する人材開発支援助成金(事業展開等リスキリング支援コース)は、事業展開やDX推進にあたって従業員に必要な知識・技能を習得させるための訓練を実施した場合に、訓練経費や賃金の一部を助成してくれる制度です。
令和4年に創設され、令和8年度末までの期間限定で実施されています。

そしてこのたび、令和8年(2026年)3月2日付で制度改正が行われました。
これまでの助成対象訓練に加え、「企業内の人事及び人材育成に関する計画に基づく訓練」が新たに助成対象に追加されたのです。
中小企業がこの新しい類型を利用する場合には、あらかじめ認定経営革新等支援機関(認定支援機関)の確認を受けることが要件となっています。

本記事では、この助成金制度の概要と今回の改正内容、そして中小企業が活用を検討する際のポイントをわかりやすくお伝えします。

なお、当事務所は認定支援機関として「計画内容の確認」に対応しておりますが、助成金の申請手続き自体は社会保険労務士の独占業務です。
申請にあたっては、社会保険労務士にご相談ください。

人材開発支援助成金(事業展開等リスキリング支援コース)とは

人材開発支援助成金とは、事業主が雇用する従業員に対して職務に関連した訓練を実施した場合に、訓練経費や訓練期間中の賃金の一部を助成する国の制度です。
いくつかのコースに分かれていますが、その中の「事業展開等リスキリング支援コース」は、以下のような訓練を対象としています。

対象となる3つの訓練類型

このコースでは、次の3つのいずれかに該当する訓練が助成の対象となります。

①事業展開に伴う訓練
新たな製品の製造やサービスの提供など、新分野に進出する際に必要となる専門的な知識・技能を習得させるための訓練です。事業転換や業種転換も対象に含まれます。

②DX化・グリーン・カーボンニュートラル化に伴う訓練
企業内のデジタルトランスフォーメーション(DX)やカーボンニュートラル化を進めるにあたり、関連業務に従事させるうえで必要となる知識・技能を習得させるための訓練です。

③企業内の人事及び人材育成に関する計画に基づく訓練【今回の改正で追加】
中長期的な経営戦略に基づき、従業員の人事配置や育成計画を策定し、その計画に沿って今後従事する予定の職務に必要な知識・技能を習得させるための訓練です。これが今回の制度改正で新たに加わった類型になります。

助成率・助成額

中小企業の場合、助成内容は以下のとおりです。

経費助成率:75%(大企業は60%)
賃金助成額:1人1時間あたり1,000円(大企業は500円)
1事業所1年度あたりの助成限度額:1億円

なお、受講者1人あたりの経費助成限度額は、訓練時間によって異なります。
10時間以上100時間未満で30万円、100時間以上200時間未満で40万円、200時間以上で50万円です(中小企業の場合)。

基本的な要件

対象となる訓練は、OFF-JT(企業の事業活動と区別して行われる訓練)であること、かつ実訓練時間数が10時間以上であることが求められます。
また、訓練開始日の1か月前までに管轄の都道府県労働局へ計画届を提出する必要があります。

2026年3月の制度改正で何が変わったのか

今回の改正の最大のポイントは、先述の③「企業内の人事及び人材育成に関する計画に基づく訓練」が新たに助成対象に加わったことです。

「人事及び人材育成に関する計画」とはどんなものか

この計画は、単なる研修計画ではありません。生産性の向上と事業の持続的な発展を図るために、中長期的な経営戦略をもとに策定するものです。具体的には、今後必要となる労働者の職務・職種・人員構成・配置基準といった人事の方針を定めたうえで、その方針に沿って従業員に習得させるべき知識・技能や、教育訓練の実施方法・時期を体系的にまとめたものを指します。

たとえば、「品質管理部門を強化するため、製造現場で製品の仕組みを熟知した従業員を品質管理部門へ配置転換する計画を策定し、品質管理や検査に関する知識を身につけさせるための訓練を受講させる」といったケースが想定されています。

中小企業は認定支援機関の確認が必要

この新しい類型を利用する場合、中小企業の事業主は、あらかじめ認定経営革新等支援機関(認定支援機関)に計画内容の確認を受けることが求められています。確認してもらう内容は、以下の観点です。

生産性の向上や事業の持続的な発展に結びつく人材像・人事配置・訓練内容になっているか
現状の課題や将来の事業規模をふまえ、必要な職務・職種・人員構成が整理されているか
対象となる従業員の段階的なキャリアアップが計画に示されているか
訓練効果を測る指標(生産性向上やスキル習得など)が設定されているか
人員削減や不当な配置転換など、従業員の不利益につながる内容になっていないか

つまり、この計画が「会社の都合だけの一方的な配置転換」ではなく、「経営戦略に基づいた前向きな人材育成」であることを第三者の目で確認する仕組みとなっています。

訓練終了後の実施状況報告も必要

改正後の制度では、訓練が終わったらそれで完了というわけではありません。事業主は、訓練終了後に計画どおり従業員を予定の職務に従事させたうえで、その実施状況を労働局に報告する義務があります。合理的な理由なく計画を履行しなかった場合や、配置転換に伴い賃金を引き下げた場合は、不支給決定または支給決定の取消しになることがあります。

「助成金」と「補助金」の違いを整理しておく

ここで、よくある混同を整理しておきましょう。「助成金」と「補助金」は、どちらも返済不要の支援制度ですが、性質が異なります。

本記事で取り上げている人材開発支援助成金は、厚生労働省が所管する雇用保険を財源とした助成金です。一方、当事務所がふだん支援している「ものづくり補助金」「事業承継・M&A補助金」「デジタル化・AI導入補助金」などは、経済産業省(中小企業庁)が所管する補助金です。

補助金は公募制で採択審査がありますが、助成金は要件を満たせば原則として支給されるという特徴があります。また、助成金の申請手続きは社会保険労務士の独占業務と法律で定められており、社労士以外の者が報酬を得て申請代行を行うことは社会保険労務士法により禁止されています。

中小企業がこの制度を活用するための考え方

制度の概要と改正内容を踏まえて、中小企業が活用を検討する際に押さえておきたいポイントをお伝えします。

「助成金ありき」ではなく、経営課題起点で考える

これは補助金にも共通する考え方ですが、「助成金がもらえるから研修をやろう」という順番では本末転倒です。まず自社の経営課題を見つめ直し、「事業を成長させるために従業員にどんな力を身につけてもらう必要があるか」を考えることがスタートラインです。その結果として助成金が使えるなら活用する、という順番が大切です。

特に今回の改正は「経営戦略に基づく人材育成」が求められている

新たに追加された③の類型は、中長期的な経営戦略に基づく人事・人材育成計画が前提です。「なんとなく研修を受けさせる」のではなく、「自社がどこに向かいたいのか」「そのためにどんな人材が必要か」「現在の従業員をどう育て、どう配置するか」を体系的に考える必要があります。

逆に言えば、この制度を活用するプロセスそのものが、自社の人材戦略を見つめ直す良い機会になるはずです。

認定支援機関の確認は「計画の質」を高めるチャンス

認定支援機関による確認は、たんなる手続き上の要件ではありません。計画の内容が経営戦略と整合しているか、従業員のキャリア形成と企業の生産性向上が両立できているかを第三者の視点で見てもらう機会です。計画を策定する段階で専門家のフィードバックを受けることで、計画そのものの質が高まります。

制度活用の大まかな流れ

新たに追加された③の類型について、手続きの大まかな流れを整理します。

ステップ1:人事及び人材育成に関する計画を策定する
中長期的な経営戦略をもとに、必要な人材像・人事配置方針・訓練内容を計画としてまとめます。

ステップ2:認定支援機関に計画内容の確認を受ける(中小企業の場合)
計画の内容が要件を満たしているか、認定支援機関に事前確認を依頼します。

ステップ3:訓練開始日の1か月前までに労働局へ計画届を提出する
管轄の都道府県労働局に職業訓練実施計画届等の書類を提出します。

ステップ4:計画に沿って訓練を実施する
OFF-JTにより、10時間以上の訓練を実施します。対象となる従業員からは、事前に訓練受講の承諾書を取得する必要があります。

ステップ5:訓練終了後に支給申請を行う
訓練終了後2か月以内に支給申請を行います。申請手続きは社会保険労務士にご依頼ください。

ステップ6:計画の実施状況を報告する
計画どおり従業員を予定の職務に従事させたうえで、訓練開始日から3年を経過した日の翌日から2か月以内に実施状況報告書を提出します。

当事務所(認定支援機関)でできること・できないこと

最後に、当事務所での対応範囲を明確にしておきます。

当事務所で対応できること

「企業内の人事及び人材育成に関する計画」の内容確認(認定支援機関としての確認業務)
計画策定にあたっての経営戦略・人材育成方針に関するご相談
経営改善計画や事業計画の策定支援(助成金に限らず、経営全般の視点から)

当事務所は、補助金をはじめとする各種支援制度を「事業のなりたい姿を実現するためのサポートツール」と位置づけています。
助成金の活用も同じで、まずは経営の方向性を明確にし、そのうえで使える制度があれば活用するという考え方を大切にしています。

当事務所では対応できないこと

・助成金の申請手続き(計画届の提出・支給申請など)

助成金の申請手続きは、社会保険労務士法により社会保険労務士の独占業務とされています。
申請手続きについては、信頼できる社会保険労務士にご相談ください。

まとめ ― 人材育成は「経営投資」、助成金はその後押し

人材開発支援助成金(事業展開等リスキリング支援コース)の制度改正により、中長期的な経営戦略に基づく人材育成への取り組みがいっそう支援される環境が整ってきています。

大切なのは、「助成金があるから研修をする」のではなく、「自社の未来のために必要な人材育成を考え、それを後押しする制度として助成金を活用する」という視点です。これは補助金の活用にも共通する考え方であり、当事務所が一貫して大切にしているスタンスでもあります。

「うちの会社でも使えるのだろうか」「計画の確認を依頼したい」とお感じになった方は、まずはお気軽にご相談ください。経営戦略の整理から、認定支援機関としての計画確認まで対応いたします。
申請手続きについては、社会保険労務士と連携して対応いたします。

よくある質問(FAQ)

Q
人材開発支援助成金と補助金は何が違いますか?
A

人材開発支援助成金は厚生労働省が所管する雇用保険を財源とした制度で、要件を満たせば原則として支給されます。一方、補助金(ものづくり補助金、事業承継・M&A補助金など)は経済産業省(中小企業庁)が所管し、公募・審査により採択が決まります。また、助成金の申請手続きは社会保険労務士の独占業務です。

Q
今回の改正で追加された「人事及び人材育成に関する計画」とは何ですか?
A

企業の中長期的な経営戦略に基づき、今後必要な人材像・職務・人員構成・配置方針を定め、それに沿った訓練内容・対象者・実施方法を体系的にまとめた計画です。中小企業がこの計画に基づく訓練で助成金を利用する場合は、あらかじめ認定支援機関による内容確認が必要です。

Q
認定支援機関の確認はどこに依頼すればよいですか?
A

認定経営革新等支援機関として認定を受けている専門家(中小企業診断士、税理士、金融機関など)に依頼できます。当事務所も認定支援機関として計画内容の確認に対応しています。

Q
助成金の申請手続きは誰に依頼すればよいですか?
A

助成金の申請手続き(計画届の提出、支給申請書の作成・提出など)は、社会保険労務士法により社会保険労務士の独占業務とされています。社会保険労務士にご依頼ください。

Q
この助成金はいつまで利用できますか?
A

事業展開等リスキリング支援コースは、令和8年度末(2027年3月末)までの期間限定の制度です。活用をご検討の場合は、早めに計画策定に着手されることをおすすめします。なお、制度の詳細や最新情報は、厚生労働省のホームページまたは管轄の都道府県労働局にてご確認ください。

Q
どのような訓練が対象になりますか?
A

事業展開に伴う訓練、DX化やカーボンニュートラル化に関する訓練、そして今回追加された人事・人材育成計画に基づく訓練の3類型があります。いずれもOFF-JT(業務外訓練)で実訓練時間10時間以上が要件です。単にデジタル機器の初歩的操作を習得するだけの訓練や、既存ソフトの操作習得のみの訓練は対象外とされています。