第8回の記事では、PMI初期の実務的課題として「財務の見える化」と「業務プロセスの整備」をお伝えしました。
今回は、その取り組みが本当に効果を上げているかを確認するための手段として、KPI設定とモニタリングの具体的な方法を解説します。
PMIに一生懸命取り組んでいても、「本当にうまくいっているのか」が見えにくいことがあります。
数字で確認できなければ、経営者自身が迷いますし、社員も「会社は良くなっているのか」という不安を持ち続けます。
KPIは、そうした不安を解消し、PMIの進捗を客観的に示すためのツールです。
- KPIとは「PMIの成果を測るための指標」であり、管理のためではなく改善のために使うものです
- 財務・業務・人材・文化の4領域からバランスよく指標を設定することが基本です
- 最初から多くの指標を設定するより、「今最も確認すべき3〜5項目」に絞ることが実践的です
- モニタリングは「短期(毎月〜四半期)」と「中長期(半年〜1年)」を使い分けます
- KPIの数値を「改善サイクル」につなげることで、PMIは「数字で進化する経営」になります
なぜPMIにKPI設定が必要なのか
「やっている感」と「成果が出ている」は別のこと
PMIに取り組んでいると、「毎日忙しく動いている」「様々な問題に対処している」という感覚が生まれます。
しかし、忙しく動いていることと、PMIが成果を上げていることは、必ずしも同じではありません。
「頑張っているけれど、会社は本当に良くなっているのか」——この問いに答えるためには、客観的な指標が必要です。
KPIがなければ、自分の感覚と印象で判断するしかなく、問題の早期発見も、改善の効果確認も難しくなります。
KPIがあることで得られる3つの効果
①経営者が現状を正確に把握できる
KPIを定期的に確認することで、「どこが順調で、どこが遅れているか」が数字で見えます。
感覚ではなく事実に基づいた経営判断ができるようになります。
②社員と取引先に安心感を与えられる
「先月より離職率が下がった」「納期遵守率が改善した」という具体的な変化を社員や取引先に示すことで、「この会社は良い方向に向かっている」という信頼が生まれます。
③金融機関への説明責任を果たせる
承継後の金融機関との関係では、「経営がきちんと管理されているか」が重要な評価ポイントです。
KPIに基づいた報告ができる経営者は、金融機関からの信頼を得やすくなります。
KPI設定の基本フレーム――4領域からバランスよく選ぶ
中小PMIガイドラインでは、PMIの成果をバランスよく測るために「財務」「業務」「人材」「文化」の4領域から指標を設定することを推奨しています。
それぞれの領域で代表的な指標と、その「なぜ測るのか」を整理します。
財務領域のKPI
財務指標は最も数値化しやすく、外部(金融機関・取引先)への説明にも有効です。
| 指標 | 測る目的 | 確認頻度の目安 |
|---|---|---|
| 売上高の推移 | 承継後に事業が成長・維持されているかを確認 | 毎月 |
| 営業利益率 | 収益構造が健全かを確認 | 毎月 |
| 資金繰り状況(月末残高) | 資金ショートのリスクを早期に察知 | 毎月(週次も可) |
| 固定費比率 | コスト構造が適正かを確認 | 四半期 |
| 借入残高と返済余裕度 | 財務の安全性を確認 | 半年〜年1回 |
特に承継初期に重視すべき指標は「資金繰り状況」です。
月末の残高が計画より少なくなっていれば、早めに対策を検討できます。
業務領域のKPI
業務指標は、PMIによる現場の改善効果が最も見えやすい領域です。
| 指標 | 測る目的 | 確認頻度の目安 |
|---|---|---|
| 納期遵守率 | 顧客への約束を守れているかを確認 | 毎月 |
| クレーム件数・クレーム率 | サービス・品質の改善度合いを測定 | 毎月 |
| 在庫回転率 | 在庫が効率的に動いているかを確認 | 四半期 |
| 業務処理時間(特定業務の平均所要時間) | 業務効率化の効果を確認 | 四半期 |
| 受注から納品までのリードタイム | 業務フロー改善の効果を確認 | 四半期 |
業務指標は「顧客満足」に直結しているため、承継後の信頼回復という観点でも重要です。
クレーム件数が下がれば、顧客との関係が安定していることの証明になります。
人材領域のKPI
人材指標は、組織の安定度を測るための指標です。
承継後に最も変動しやすい領域でもあり、定期的なモニタリングが重要です。
| 指標 | 測る目的 | 確認頻度の目安 |
|---|---|---|
| 離職率 | キープレイヤーを含む人材が定着しているかを確認 | 半年〜年1回 |
| 従業員満足度(ES)スコア | モチベーション・エンゲージメントの変化を把握 | 半年〜年1回 |
| 採用定着率(入社後1年以内の離職) | 新しい体制が新入社員にとっても働きやすいかを確認 | 年1回 |
| 面談実施率 | 定期面談が計画通り実施されているかを確認 | 四半期 |
「離職率」は重要な指標ですが、数字だけでは「なぜ辞めているのか」がわかりません。
退職者ヒアリングや在職者へのアンケートを組み合わせることで、根本原因の把握につながります。
文化領域のKPI
文化指標は4領域の中で最も数値化が難しく、効果が見えにくい領域です。
しかし数年単位での組織の変化を測る上で、継続的に追っていく価値があります。
| 指標 | 測る目的 | 確認頻度の目安 |
|---|---|---|
| 文化適応度スコア(アンケート) | 「新しい経営方針に共感しているか」を定期調査 | 年1〜2回 |
| 社内イベント・全体会議への参加率 | 組織の一体感・エンゲージメントを測定 | イベントごと |
| 情報共有の実施回数(ミーティング・チャット等) | 情報共有の仕組みが定着しているかを確認 | 月次 |
| 提案・改善意見の件数 | 社員が主体的に関わっているかを確認 | 四半期 |
文化面のアンケートは、選択式(5段階評価など)でシンプルに設計することが定着のコツです。
回答負荷が高いと回収率が下がり、継続できなくなります。
KPIの数を絞る――「まず3〜5項目から始める」
KPIを設定しようとすると、「あれも測りたい、これも測りたい」となりがちです。
しかし、指標が多すぎると管理の負担が増え、結果として「形だけのKPI管理」になってしまいます。
中小企業のPMIで最初に設定するKPIは3〜5項目に絞ることをお勧めします。
絞り込みの基準として、次の問いを使います。
- 「今、最も不安な領域はどこか?」→ その領域の指標を1〜2項目選ぶ
- 「PMIの目的(成長型・持続型)に直結する指標はどれか?」→ それを優先する
- 「毎月確認できる現実的な指標か?」→ データ収集が困難な指標は後回しにする
最初の3〜5項目で運用を始め、データ収集と確認の習慣ができたら、半年後に指標を追加・見直すという段階的なアプローチが現実的です。
モニタリングの実務的手順
KPIを設定したら、次は「どう確認するか」という仕組みをつくります。
短期モニタリング(毎月〜四半期)
短期では、数字に現れやすい財務と業務に焦点を当てます。
毎月の確認(財務中心)
- 売上・原価・利益の月次確認(顧問税理士と一緒に)
- 資金繰り表の更新と残高確認
- 前月・前年同月との比較
四半期の確認(業務中心)
- 納期遵守率・クレーム件数の集計と原因確認
- 在庫回転率・リードタイムの集計
- 面談実施率の確認
Excelで集計表を作るだけで十分です。
グラフにすると視覚的に変化を把握しやすくなります。
クラウド会計ソフト(freee・マネーフォワードクラウドなど)を使っている場合は、レポート機能を活用すると集計の手間が減ります。
中長期レビュー(半年〜年1回)
中長期では、人材や文化面の変化を重視します。
半年ごとの確認
- 従業員満足度アンケートの実施と集計
- 離職率・採用定着率の確認
- 文化適応度アンケートの実施
年1回の振り返り
- PMI開始時(承継時)との比較——「どこまで進んだか」を総括
- 次の1年間の重点課題の設定
- KPI自体の見直し(測る必要がなくなった指標の削除、新たな指標の追加)
年1回の振り返りは、PMIの「年次総括」として経営幹部全員で行うことをお勧めします。
数字を共有し、「今年の成果」と「来年の課題」を全員で確認することが、組織全体のベクトル合わせにもなります。
改善サイクルの構築――KPIを「見るだけ」で終わらせない
KPIを設定してモニタリングしても、「確認して終わり」では意味がありません。
大切なのは、KPIの結果を改善アクションにつなげることです。
改善サイクルの基本的な考え方は「計画(Plan)→実行(Do)→確認(Check)→改善(Action)」のPDCAです。
KPIはこの「Check(確認)」の役割を担います。
KPIの変化から改善アクションにつなげる例
離職率が目標より高い場合
まず退職者ヒアリングと在職者への面談で原因を把握する。
処遇・人間関係・業務内容・成長機会のどこに問題があるかを特定した上で、具体的な対策(面談頻度の増加・役割の見直し・処遇の改善)につなげる。
クレーム件数が増加した場合
どの工程・担当・商品でクレームが発生しているかを分析する。
業務フローの見直し・担当者への研修・品質チェックの強化など、根本原因に応じた対策を取る。
文化適応度スコアが低い場合
コアが低い設問を特定し、その背景を幹部との対話や社員アンケートの自由記述欄で確認する。
社内勉強会・経営理念の共有機会・コミュニケーション頻度の改善などを検討する。
資金繰りが計画を下回っている場合
入金の遅れか、出金の増加かを特定する。
売掛金の回収サイトを見直す、固定費を一時的に削減する、金融機関につなぎ融資を相談するなど、状況に応じた対策を迅速に取る。
業種別KPI活用の実例
製造業(従業員15名)の事例
承継後、「納期遵守率」と「従業員満足度」の2指標から始めました。
最初の半年は納期遵守率が82%と低水準でしたが、業務フローの見直しとチェック体制の強化により、1年後には96%まで改善。
従業員満足度も年2回の調査を継続することで、モチベーション低下の要因を特定。
研修制度を導入した結果、2年間で離職率が半減しました。
小売業(従業員8名)の事例
「資金繰り月末残高」と「クレーム件数」を主要KPIに設定。
月次で資金繰りを確認する習慣がついたことで、繁忙期前の資金調達を計画的に行えるようになりました。クレーム件数は3か月ごとに原因を分析し、対策を実行。
1年で20%削減され、口コミや紹介による新規顧客が増加しました。
サービス業(従業員12名)の事例
「情報共有の実施回数」「提案・改善意見の件数」を文化領域のKPIに設定。
週1回の全体ミーティングを定例化することで情報共有回数が安定。
「提案件数」を可視化したことで、社員が「自分の意見が経営に届く」と感じるようになり、月の改善提案件数が半年で3倍に増加しました。
PMIチェックリスト(KPI・モニタリング編)
KPI設定
- 財務・業務・人材・文化の4領域から指標を選んでいるか
- 最初は3〜5項目に絞ってスタートしているか
- 各指標について「なぜ測るのか」の目的が明確になっているか
- データ収集が現実的に可能な指標を選んでいるか
モニタリング
- 毎月または四半期ごとにKPIを確認する仕組みがあるか
- 財務のモニタリングを顧問税理士と一緒に行っているか
- 半年〜年1回の中長期レビューを計画しているか
- KPIの達成状況を幹部・社員と共有しているか
- 数値に加え、面談・アンケートなど定性情報も取り入れているか
改善サイクル
- KPIが目標を下回った場合、原因分析と改善アクションにつなげているか
- 改善アクションの効果を次のモニタリングで確認しているか
- 半年〜年1回でKPI自体の見直しを行っているか
よくある質問(FAQ)
- Q従業員満足度調査はどうやって実施すればよいですか?
- A
まずは5〜10問程度のシンプルなアンケートから始めることをお勧めします。「今の仕事に満足しているか(5段階)」「会社の方向性に共感しているか(5段階)」などの選択式に、「自由に意見を書いてください」という自由記述欄を1問加えるだけで十分です。Googleフォームなどの無料ツールを使えば、集計も簡単です。匿名で実施することで、本音の意見が集まりやすくなります。
- QKPIの数値が目標を達成できない場合、どう対処すればよいですか?
- A
まず「なぜ達成できなかったか」の原因分析を行います。数字が悪い原因には「そもそも目標設定が高すぎた」「外部環境の変化(市場・競合など)」「内部の課題(業務・人材・コスト)」の3つが考えられます。原因によって対処法が異なるため、「なんとなく改善しよう」ではなく、原因を特定した上で具体的な対策を決めることが重要です。
- Q中小企業でKPI管理を続けるのが難しいです。続けるコツはありますか?
- A
「シンプルに始めること」と「確認する場を定例化すること」がコツです。指標が多すぎると管理が負担になり、続かなくなります。まず3項目以内に絞り、毎月の確認を経営会議や幹部ミーティングの定番議題にしてしまうのが最も現実的です。「KPIの確認」が日常業務の一部になれば、特別な手間なく継続できるようになります。
まとめ
PMIを「やりっぱなし」で終わらせないためには、成果を可視化し、定期的に振り返る仕組みが欠かせません。
- KPIは財務だけでなく、業務・人材・文化の4領域からバランスよく設定する
- 最初は3〜5項目に絞り、まず確認する習慣をつくることが最優先
- 短期モニタリング(毎月〜四半期)と中長期レビュー(半年〜年1回)を使い分ける
- KPIの数字は「確認して終わり」ではなく、改善アクションにつなげることが目的
統合効果を数字と体感で示すことにより、社員・取引先・金融機関の信頼を積み重ね、事業承継・M&Aを「次の成長の起点」に変えることができます。
次回(第10回:PMIの総括と今後の展望――中小企業における可能性と支援制度の活用)では、シリーズ全体を振り返りながら、PMI後の中長期的な成長につなげるための視点と、活用できる支援制度を総括します。
PMIシリーズの記事一覧
| 回 | タイトル | 内容 |
|---|---|---|
| 第1回 | PMIとは何か?事業承継後の経営統合を担うフェーズ | PMIの定義・なぜ必要か |
| 第2回 | なぜ中小企業においてPMIが重要なのか? | 中小企業特有の課題とPMIの必要性 |
| 第3回 | PMIが失敗する典型的なパターンと回避策 | 失敗パターンと対策 |
| 第4回 | PMI成功のカギは「現場の実践」――中小企業で活かせるヒント | 現場レベルの成功事例と実践のヒント |
| 第5回 | PMI成功のカギ――リーダーシップとコミュニケーションの力 | 経営者に求められる姿勢 |
| 第6回 | PMI実施手順――100日プランと成功のポイント | 具体的な実施ステップ |
| 第7回 | PMIにおける人材マネジメントと組織文化の融合 | 人材・文化の統合 |
| 第8回 | PMIにおける財務・業務プロセス統合――資金繰りとシステムの整備 | 財務・業務の実務的統合 |
| 第9回 | PMIの成果を測る――KPI設定とモニタリングの方法(本記事) | 成果の見える化と管理 |
| 第10回 | PMIの総括と今後の展望――中小企業における可能性と支援制度の活用 | シリーズのまとめと支援制度 |
事業承継・PMIでお困りの方へ
イグナル・コンサルティングでは、M&A・事業承継後のPMI支援を行っています。
当事務所の支援スタンスは、「事業のなりたい姿の実現を最優先に」することです。「KPIを設定したいが何を測ればよいかわからない」「モニタリングの仕組みをつくりたい」という段階からのご相談も歓迎しています。補助金(事業承継・引継ぎ補助金など)の活用についても、事業の目的に沿った形でご提案します。
参考資料
- 中小企業庁「中小PMIガイドライン」(令和4年3月)
- 中小企業庁「中小PMIハンドブック」
- 中小企業庁「PMI実践ツール活用ガイドブック」(令和6年3月)
