第5回の記事では、PMIにおける経営者のリーダーシップとコミュニケーションの重要性をお伝えしました。
今回は、シリーズの中でも特に実務的な内容として、PMIの具体的な実施手順と、最重要期間である「100日プラン」の進め方を詳しく解説します。
事業承継やM&Aが成立したとき、多くの経営者が感じるのは「やっと終わった」という安堵感です。
しかし、実はそこからが本当のスタートです。
M&A後の統合作業を「PMI(ポスト・マージャー・インテグレーション)」といいますが、このPMIをどう進めるかによって、事業承継の成否が大きく変わります。
本記事では、中小企業庁が公表している「中小PMIガイドライン」の内容をベースに、実際の進め方をわかりやすく解説します。
- 中小企業庁「中小PMIガイドライン」では、M&A成立後の最初の100日間に集中する「100日プラン」が推奨されています
- PMIは「経営統合」「信頼関係構築」「業務統合」の3領域で進めるのが基本です
- 自社のM&Aの目的が「成長型」か「持続型」かによって、優先すべき取り組みが変わります
- チェックリストを活用し、段階的かつ計画的に進めることが統合効果の最大化につながります
PMIとは何か――M&A後の「統合作業」のこと
PMI(Post Merger Integration)とは、M&Aや事業承継が成立した後に行う、経営・業務・組織・人材などを統合するための一連の取り組みのことです。
「合併・買収が終わったら、あとは普通に経営すればいい」と思われがちですが、実際にはそう単純ではありません。
新しい経営者と従業員の間には信頼関係がまだ十分でなく、業務のやり方や社内ルール、価値観も異なります。
これらをそのままにしておくと、組織の混乱や従業員の離職、取引先との関係悪化につながりかねません。
PMIは、そうした問題を防ぎ、M&Aの目的(売上成長・事業継続・コスト効率化など)を実現するための重要なプロセスです。
中小企業庁は2022年3月に「中小PMIガイドライン」を公表し、中小企業でも実践できるPMIの「型」を示しています。
本記事はこのガイドラインをもとに、実際の進め方を整理したものです。
PMIの全体像――3つの領域と4つのフェーズ
PMIが扱う3つの領域
中小PMIガイドラインでは、PMIの取り組みを大きく3つの領域に分けています。
① 経営統合
新しい経営方針の策定・共有、意思決定ルールの整備、KPIの設定など、経営の「軸」をつくる作業です。PMIの中でもとくに優先度が高く、早期に取り組む必要があります。
② 信頼関係構築
従業員・取引先・金融機関などの関係者との信頼関係を築く取り組みです。
M&A直後は不安を抱えている関係者が多く、丁寧なコミュニケーションが欠かせません。
③ 業務統合
業務プロセス・ITシステム・人事制度・会計管理などを統合・整備する作業です。
短期間で完了するものと、1年以上かかるものが混在します。
PMIの4つのフェーズ
PMI全体は、以下の4つのフェーズで構成されます。
フェーズ1:プレPMI(M&A成立前の準備)
M&Aの成立前から、統合方針や課題を整理しておく段階です。
「M&Aの目的は何か」「どんな状態をゴールとするか」を関係者間で共有しておくことが、その後のスムーズな統合につながります。
フェーズ2:統合初期(Day1〜Day100:100日プラン)
M&A成立後の最初の100日間が、PMIの核心です。
この時期に経営方針の共有・信頼関係構築・現状把握を集中的に行います。
フェーズ3:中期統合(Day100〜1年程度)
100日プランをベースに、業務・制度・ITシステムの統合を本格的に進める段階です。
フェーズ4:定着・発展(1年以降)
統合した仕組みを日常業務に定着させ、M&Aのシナジー効果(成長・効率化など)を実現していく段階です。
最重要フェーズ「100日プラン」の進め方
中小PMIガイドラインが特に重視しているのが、M&A成立後の最初の100日間です。
この期間に、PMI推進体制の確立・関係者との信頼関係構築・現状把握を集中的に行うことが推奨されています。
なぜ100日間が重要なのでしょうか。
M&Aが成立した直後は、従業員や取引先の関心・不安が最も高まっています。
この時期に「新しい経営がどこへ向かうのか」をしっかり示せるかどうかが、その後の組織の安定に直結するからです。
100日プランで取り組むべき主な内容
① 新しい経営方針の策定・共有(最優先)
M&A後、経営者が最初に取り組むべきことは、「新しい経営方針を決め、全員に伝える」ことです。
「なぜこのM&Aを行ったのか」「これからどの方向に進むのか」が従業員に伝わっていないと、不安や混乱が広がります。
経営方針は、M&Aの目的(成長型・持続型)に沿った内容にすることが重要です。
具体的な言葉で、できる限り早期に共有しましょう。
② 現状把握と課題の整理
新しい経営者が事業をしっかり把握するために、以下のような現状把握を行います。
- 人材・組織:誰がキープレイヤーか、組織の構造はどうなっているか
- 財務:収支状況、資金繰り、借入状況
- 業務・オペレーション:主要業務の流れ、属人化しているプロセス
- 文化・価値観:職場の雰囲気、暗黙のルール、大切にしていることは何か
現状把握は、課題を解決するための出発点です。
思い込みで判断せず、現場の実態をていねいに確認することが大切です。
③ 権限と意思決定プロセスの明確化
「誰が何を決めるのか」が不明確なままでは、日々の業務に支障が出ます。
責任の所在と意思決定のルートを早めに整理しましょう。
前の経営者に大きく依存していた場合は、とくに重要です。
④ 従業員・取引先・金融機関との信頼関係構築
関係者との信頼関係は、一朝一夕には築けません。
しかし、早い段階から丁寧なコミュニケーションを続けることで、着実に信頼は積み上がります。
- 従業員への説明:雇用・処遇への不安を解消する
- 取引先への挨拶・報告:継続的な取引関係を確認する
- 金融機関への報告:財務状況と経営方針を共有する
⑤ 文化・価値観のすり合わせ
企業文化や価値観の違いは、表面からは見えにくいPMIの難所のひとつです。
「こうするのが当たり前」という暗黙のルールが違えば、日常業務の中で摩擦が生まれます。
まずは双方の文化・価値観を理解することから始め、対話を重ねながら共通のルールをつくっていきましょう。
⑥ キープレイヤーの特定と育成
事業の継続に欠かせない人材(キープレイヤー)を早期に特定し、関係を築くことが重要です。キープレイヤーが離職してしまうと、事業運営に深刻な支障が生じることがあります。
成長型と持続型――自社のM&Aの目的に合わせた進め方
中小PMIガイドラインでは、M&Aの目的を大きく「成長型」と「持続型」に分類しています。
どちらのタイプかによって、PMIの進め方で重視すべきポイントが変わります。
成長型のPMI
売上拡大・新市場開拓・事業シナジーの実現など、「攻め」を目的としたM&Aの場合です。
特徴:
- 100日以内に、成長に向けた具体的な施策の成果を見せることが重要
- 新しい顧客・取引先へのアプローチ、商品・サービスの展開を早期に開始する
- M&Aによるシナジーを実感させることで、関係者のモチベーション維持につなげる
多い承継形態:第三者(他社)へのM&A売却後
持続型(両立型)のPMI
後継者不在への対応・事業継続・現状維持を主な目的としたM&Aの場合です。
特徴:
- 従業員への安心感の提供と、既存の組織・文化の継承を最優先にする
- 大きな変化を急がず、信頼関係を丁寧に構築しながら徐々に統合を進める
- 安定した経営の継続を示すことが、関係者の安心につながる
多い承継形態:親族承継・従業員承継
どちらのタイプも、「PMIの目的とゴールを明確にし、関係者に共有する」という出発点は共通です。
中期フェーズ以降の進め方(Day100〜)
100日プランで土台を築いた後は、以下の取り組みを本格化させていきます。
Day100〜1年程度
- 顧客・取引先との関係をさらに強化する
- 業務プロセス・ITシステムの本格統合を進める
- 人事評価・処遇制度を整備する
- 経営計画を具体化し、KPIによる進捗管理を行う
1年以降(ポストPMI)
- 統合した仕組みを日常業務として定着させる
- 成長施策(新規市場・新サービス)を本格展開する
- 継続的な改善活動により、組織文化を育てる
- M&Aの目的達成度を振り返り、必要であれば方針を見直す
PMIは短期で成果が出るものばかりではありません。
数年単位で継続的に取り組むことが重要です。
中小PMIガイドラインでも「PMIは一過性の取り組みではなく、継続的なプロセスである」と位置づけています。
PMIチェックリスト
中小PMIガイドラインが示すポイントをもとに、実践に役立つチェックリストを整理しました。
プレPMI(準備段階)
- M&Aの目的を「成長型」か「持続型」かで整理できているか
- PMI推進の責任者・体制を決めているか
- 統合方針(何をどのように統合するか)の骨格を描けているか
- 社内外の関係者への説明計画を立てているか
統合初期(100日プラン)
- 新しい経営方針を全従業員に伝えたか
- 現状把握(人材・財務・業務・文化)を実施したか
- キープレイヤーを特定し、関係を築いているか
- 意思決定ルートと権限を明確にしたか
- 従業員・取引先・金融機関とのコミュニケーションを始めているか
- 文化・価値観の違いを把握し、対話を始めているか
- KPIを設定し、進捗管理の仕組みを整えたか
中期フェーズ以降
- 業務プロセスの統合・整備を計画・実施しているか
- ITシステムの統合・移行を進めているか
- 人事評価・処遇制度を整備しているか
- 経営計画と実績のギャップを定期的に確認しているか
よくある質問(FAQ)
- Q100日間でPMIが完了するということですか?
- A
いいえ、100日間はあくまでも初期対応に集中する「目安の期間」です。PMIの多くの取り組みは、100日以降も継続されます。中小PMIガイドラインでも、PMIは数年単位で継続するプロセスと位置づけられています。
- QPMIは大企業だけのものではないですか?
- A
規模の大小に関わらず、M&Aや事業承継後には統合作業が必要です。むしろ中小企業では、人員も時間も限られているため、優先順位をつけて計画的に進めることがより重要になります。中小企業庁の「中小PMIガイドライン」は、まさに中小企業向けに作られたガイドラインです。
- Q専門家に相談した方がよいですか?
- A
M&AやPMIの経験が少ない場合は、中小企業診断士などの専門家に相談しながら進めることをお勧めします。中小PMIガイドラインも「M&AやPMIに関する知見・経験が乏しい場合は、専門家に必要に応じて相談しながら取り組むことが望ましい」と明記しています。
まとめ
PMIとは、M&A・事業承継後に会社を安定させ、目的を実現するための統合プロセスです。
- まず「プレPMI」の段階から目的・方針を整理し、PMI推進体制を整えます
- M&A成立後の最初の100日間が最も重要です。経営方針の共有・信頼関係構築・現状把握を集中的に行いましょう
- 自社のM&Aが「成長型」か「持続型」かを意識した進め方が、成功への近道です
- PMIは一度で終わるものではなく、数年単位で継続する取り組みです
チェックリストを活用しながら、段階的に統合を進めることで、事業承継後の経営を着実に前に進めることができます。
次回(第7回:PMIにおける人材マネジメントと組織文化の融合)では、PMIの中でも特に難しいとされる「人材マネジメント」と「組織文化の融合」について、具体的な進め方を解説します。
100日プランで築いた信頼関係を、どう組織の文化として根付かせるかが次のテーマです。
PMIシリーズの記事一覧
| 回 | タイトル | 内容 |
|---|---|---|
| 第1回 | PMIとは何か?事業承継後の経営統合を担うフェーズ | PMIの定義・なぜ必要か |
| 第2回 | なぜ中小企業においてPMIが重要なのか? | 中小企業特有の課題とPMIの必要性 |
| 第3回 | PMIが失敗する典型的なパターンと回避策 | 失敗パターンと対策 |
| 第4回 | PMI成功のカギは「現場の実践」――中小企業で活かせるヒント | 現場レベルの成功事例と実践のヒント |
| 第5回 | PMI成功のカギ――リーダーシップとコミュニケーションの力 | 経営者に求められる姿勢 |
| 第6回 | PMI実施手順――100日プランと成功のポイント(本記事) | 具体的な実施ステップ |
| 第7回 | PMIにおける人材マネジメントと組織文化の融合 | 人材・文化の統合 |
| 第8回 | PMIにおける財務・業務プロセス統合――資金繰りとシステムの整備 | 財務・業務の実務的統合 |
| 第9回 | PMIの成果を測る――KPI設定とモニタリングの方法 | 成果の見える化と管理 |
| 第10回 | PMIの総括と今後の展望――中小企業における可能性と支援制度の活用 | シリーズのまとめと支援制度 |
参考資料
- 中小企業庁「中小PMIガイドライン」(令和4年3月)
- 中小企業庁「中小PMIハンドブック」
- 中小企業庁「PMI実践ツール活用ガイドブック」(令和6年3月)
事業承継・PMIでお困りの方へ
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