第4回の記事では、PMI成功に向けた現場レベルの実践ヒントをお伝えしました。
今回はさらに一歩踏み込んで、PMIにおける経営者・後継者のリーダーシップとコミュニケーションの役割を深掘りします。
業務の整備、財務の把握、組織の再編——PMIにはやるべきことが数多くあります。
しかしそれらすべての土台となるのが、経営者自身の姿勢と、組織に向けたコミュニケーションです。
どんなに優れた統合計画があっても、経営者が組織に向き合わなければ、計画は机上の空論に終わります。
- PMIにおいて最も問われるのは「経営者・後継者の姿勢」であり、業務的な整備以上に重要です
- 承継後の混乱期には、経営者の言葉と態度が社員の不安を左右します
- リーダーシップが特に求められる場面は「方針を示すとき」「社員と向き合うとき」「変化を進めるとき」の3つです
- コミュニケーションの基本は「話すより聞くこと」にあります
- 経営者自身が不安を抱えている場合は、専門家の助力を得ることも有効な選択肢です
なぜPMIは「経営者の姿勢」で決まるのか
中小企業における経営者の影響力
大企業では、PMIの推進役が専任の統合チームやプロジェクトマネージャーに委ねられることも珍しくありません。
しかし中小企業では、PMIの推進役は経営者自身です。
中小企業で経営者が持つ影響力は絶大です。
経営者が前向きであれば組織全体が前向きになり、経営者が迷っていれば組織全体が迷います。
「社長がどんな人か」「社長が何を考えているか」——社員はつねにそこを見ています。
PMIの成否に最も大きく影響するのは、使ったツールでも立てた計画でもなく、経営者が組織に向けてどう振る舞ったかです。
「統合の混乱期」に経営者に求められるもの
M&A直後から100日程度の「統合の混乱期」は、組織にとって最も不安定な時期です。
この時期、社員の頭の中には様々な問いが渦巻いています。
- 「自分の仕事はなくなるのか」
- 「給料や待遇は変わるのか」
- 「新しい社長はどんな経営をするのか」
- 「前の社長のやり方はどうなるのか」
これらの問いに対して経営者が答えを示せなければ、社員は「最悪のケース」を想定して行動し始めます。逆に、経営者がこの時期に誠実に向き合い、言葉で伝え続けることができれば、組織は驚くほど安定します。
混乱期に経営者に求められるのは、「完璧な経営者であること」ではありません。
「誠実に向き合い、言葉で伝え続けること」です。
リーダーシップが発揮される3つの場面
場面①:経営方針を示すとき
承継直後、社員が最も知りたいのは「これから会社はどうなるのか」という一点です。
この問いに対して、多くの経営者が陥りやすいのが「まだ何も決まっていないから、決まったら伝える」という対応です。
しかし、情報の空白はすぐに「悪いうわさ」で埋められます。
完璧な経営計画を示す必要はありません。
大切なのは、「変えること」と「変えないこと」を早期に明確に伝えることです。
たとえば、こんな言葉が社員の安心につながります。
- 「給与・雇用条件はすぐには変えません」
- 「前の社長が大切にしてきた○○という文化は引き継ぎます」
- 「今後目指したい方向性は○○です。詳細はこれから皆さんと一緒に考えていきたい」
「すべてが決まってから話す」ではなく、「今わかっていることを、今すぐ伝える」という姿勢が、信頼の積み重ねにつながります。
場面②:社員と個別に向き合うとき
全体説明の場で方針を伝えるだけでは十分ではありません。
社員一人ひとりが「自分のことを見てくれている」と感じる経験が、信頼の土台になります。
ある後継者は、承継後1か月以内に全社員と一対一の面談を行いました。
面談の内容は「仕事で困っていることはないか」「この会社で好きなことは何か」というシンプルな問いかけ。
特別な準備も必要なく、1人あたり10〜15分程度でした。
しかし、その効果は予想以上でした。
社員たちは「新社長が自分の話を聞きに来てくれた」という事実だけで、大きな安心感を得たといいます。その後の業務改善の提案も増え、組織全体のコミュニケーションが活性化しました。
コミュニケーションの基本は「話すより聞くこと」にあります。
経営者として「伝えたいこと」を話すよりも、社員が「言いたいこと・不安に思っていること」を聞き出すことの方が、PMIの初期段階では何倍も大切です。
場面③:変化を進めるとき
PMIは現状を守るだけでなく、新しい仕組みや方針を導入する場面も多くあります。
業務フローの変更、ITシステムの刷新、評価制度の見直し——いずれも必要な変化ですが、「変化」は必ず抵抗を生みます。
変化への抵抗を最小化するためのカギは、「なぜ変えるのか」を丁寧に伝えることです。
変化の理由を説明せずに「こうしてください」と指示するだけでは、社員は「なぜ今まで通りでいけないのか」という不満を持ちます。
しかし「こういう問題があるから、こう変えることで、こんなメリットが生まれる」という文脈を共有することで、変化への理解と協力が得やすくなります。
また、変化を進めるときに経営者がもう一つ意識したいことがあります。
それは「変化の速度を組織が受け入れられるペースに合わせること」です。
正しい変化でも、速すぎると組織が追いつけず、混乱を深めます。
「急ぎすぎず、しかし止まらず」というバランス感覚が、PMI期間の経営者に求められる資質のひとつです。
中小企業でも実践できるコミュニケーションの工夫
リーダーシップとコミュニケーションというと、大げさな取り組みを想像するかもしれません。
しかし実際には、日常の中の「小さな工夫の積み重ね」が組織の安定を支えます。
工夫①:定例ミーティングで「情報の空白」をなくす
週1回または月2回程度の全体(または幹部)ミーティングを定例化し、「今週・今月の状況」を共有する場をつくります。
内容は売上の数字、直近の課題、次の取り組みなど、短時間でも構いません。
定期的な情報共有の場があるだけで、社員の「自分は何も知らされていない」という不安が大幅に解消されます。
工夫②:「決定事項」だけでなく「検討中のこと」も共有する
経営者は「決まったことだけ伝える」スタイルをとりがちですが、「今こういうことを考えている」「まだ決まっていないが、こういう方向で検討している」という情報を共有することも信頼構築に効果的です。
「社長は何を考えているかわからない」という社員の不安を減らすためには、思考プロセスの一部を見せることが有効です。
工夫③:チャット・掲示板など複数の伝達手段を使う
口頭だけでの伝達は、伝わる範囲と正確性に限界があります。
社内チャットツール(LINEWORKSやChatworkなど)や掲示板を活用することで、全員に同じ情報を正確に届けることができます。
特に、シフト制や現場作業中心の職場では、朝礼や会議に全員が参加できないことも多いため、複数の伝達手段を組み合わせることが重要です。
工夫④:「雑談」の機会を意識的につくる
公式なミーティングや面談とは別に、雑談や非公式なコミュニケーションの機会を意識的につくることも大切です。
ランチを一緒に食べる、現場に顔を出して一言声をかける、作業終わりに少し話す——こうした何気ないコミュニケーションの積み重ねが、「この社長は現場のことを気にかけてくれている」という安心感を生み出します。
経営者自身が「不安」を感じているときの向き合い方
承継後の混乱期は、経営者自身も様々な不安や迷いを抱えるものです。
「正しい判断ができているのか」「社員はついてきてくれるのか」「前の社長と比べられていないか」——こうした内面の迷いは、PMI中の経営者が多かれ少なかれ経験することです。
迷いを「隠す」より「正直に向き合う」
経営者が弱さを見せてはいけない、という思い込みがある方もいますが、PMIにおいては「まだ模索中であることを認める誠実さ」が信頼につながることもあります。
「私もまだ手探りな部分がありますが、皆さんと一緒に考えながら進めていきたいと思っています」——こうした言葉が、逆に組織の一体感を生む場合があります。
専門家の助力を活用する
「自分一人では判断が難しい」という場面では、中小企業診断士などのPMIに精通した専門家に相談することも有効な選択肢です。
専門家は「外部の客観的な視点」から統合プロセスを整理し、経営者が見落としている課題を指摘し、具体的な進め方を提案してくれます。
一人で抱え込まず、早めに相談することで、リーダーシップとコミュニケーションに注ぐエネルギーをより有効に使えるようになります。
リーダーシップとコミュニケーションを支える「経営者の軸」
PMI期間を通じてリーダーシップを発揮し続けるためには、経営者自身の「軸」が必要です。
軸とは、「この会社でどんな未来を実現したいか」「自分はどんな経営者でありたいか」という問いへの答えです。
この軸が明確であれば、様々な判断を迫られる場面でもブレずに対応できます。
逆に軸がないと、社員からの反応に一喜一憂したり、場当たり的な対応を繰り返したりすることになります。
PMIの初期段階で時間を取って、「自分がこの承継で実現したいこと」を言葉にしておくことをお勧めします。
それが、承継後の経営を支える最大の基盤になります。
よくある質問(FAQ)
- Q社員から反発があった場合、どう対応すればよいですか?
- A
反発は「関心がある証拠」でもあります。まず反発の背景にある不安や懸念を丁寧に聞き、それに対して誠実に答えることが基本です。「なぜそう感じるのか」を理解しようとする姿勢が、対話の糸口になります。一方的に説得しようとするより、「一緒に解決策を考える」という姿勢の方が、長期的な信頼につながります。
- Q前経営者が「もっとこうすべきだ」と口を出してくる場合はどうすればよいですか?
- A
前経営者の経験や知見は貴重な資産ですが、権限の二重構造は組織の混乱を招きます。M&A成立前の段階で「承継後の前経営者の関与範囲と期間」を明確に取り決めておくことが最善です。すでに承継が完了している場合は、前経営者との間で「アドバイザーとしての役割」を明確にする対話を行うことをお勧めします。
- Qコミュニケーションを重ねても社員の不信感が解消されない場合はどうすればよいですか?
- A
コミュニケーションの「量」を増やしても改善しない場合、「内容」や「伝え方」に問題がある可能性があります。「何を伝えているか」ではなく「どう伝わっているか」を確認するために、信頼できる幹部社員からフィードバックをもらうことが有効です。また、状況が深刻な場合は、外部の専門家(中小企業診断士など)に第三者的な視点から関係者にヒアリングしてもらうことも一つの方法です。
まとめ
PMI成功の最大のカギは、経営者・後継者のリーダーシップとコミュニケーションにあります。
- 承継直後に方針を示す:「変えること・変えないこと」を早期に伝える
- 社員と個別に向き合う:話すより聞く。一人ひとりの声を拾う姿勢が信頼の土台になる
- 変化の理由を丁寧に伝える:「なぜ変えるのか」の文脈共有が変化への抵抗を減らす
- 日常のコミュニケーションを工夫する:定例ミーティング・複数の伝達手段・雑談の積み重ね
- 経営者自身の「軸」を持つ:「この承継で実現したいこと」を言葉にしておく
経営者が組織に誠実に向き合い続けることが、PMIを成功に導く最大の力です。
次回(第6回:PMI実施手順――100日プランと成功のポイント)では、PMIの具体的な実施ステップと、最重要期間である「100日プラン」の進め方を詳しく解説します。
PMIシリーズの記事一覧
| 回 | タイトル | 内容 |
|---|---|---|
| 第1回 | PMIとは何か?事業承継後の経営統合を担うフェーズ | PMIの定義・なぜ必要か |
| 第2回 | なぜ中小企業においてPMIが重要なのか? | 中小企業特有の課題とPMIの必要性 |
| 第3回 | PMIが失敗する典型的なパターンと回避策 | 失敗パターンと対策 |
| 第4回 | PMI成功のカギは「現場の実践」――中小企業で活かせるヒント | 現場レベルの成功事例と実践のヒント |
| 第5回 | PMI成功のカギ――リーダーシップとコミュニケーションの力(本記事) | 経営者に求められる姿勢 |
| 第6回 | PMI実施手順――100日プランと成功のポイント | 具体的な実施ステップ |
| 第7回 | PMIにおける人材マネジメントと組織文化の融合 | 人材・文化の統合 |
| 第8回 | PMIにおける財務・業務プロセス統合――資金繰りとシステムの整備 | 財務・業務の実務的統合 |
| 第9回 | PMIの成果を測る――KPI設定とモニタリングの方法 | 成果の見える化と管理 |
| 第10回 | PMIの総括と今後の展望――中小企業における可能性と支援制度の活用 | シリーズのまとめと支援制度 |
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経営者の「軸」づくりから、コミュニケーション設計・組織安定化まで、現場に寄り添った支援を行います。
参考資料
- 中小企業庁「中小PMIガイドライン」(令和4年3月)
- 中小企業庁「中小PMIハンドブック」
- 中小企業庁「PMI取組事例集」
