第2回の記事では、「なぜ中小企業においてPMIが特に重要なのか」をお伝えしました。
今回は実践的な内容として、PMIが失敗する典型的なパターンと、その回避策を具体的に解説します。
「失敗のパターンを知っておくこと」は、PMIを成功に導くための最短ルートのひとつです。
多くの経営者が同じところで躓いてきた事実を知り、事前に対策を講じておきましょう。
- PMIの失敗は特定のパターンに集中しており、事前に把握しておくことで多くが回避できます
- 失敗は「人」「組織」「業務・財務」の3領域で起きやすく、それぞれに典型的なシナリオがあります
- 失敗の根本原因の多くは「PMIを後回しにしたこと」「言葉で伝えなかったこと」にあります
- 中小PMIガイドラインの活用と、早期着手・優先順位付けが回避策の基本です
- 「失敗してから対処する」より「失敗を予防する」ことがPMIでは圧倒的に重要です
PMI失敗の現実――「うまくいかない」は珍しくない
M&Aや事業承継が成立した後、「思っていたようにいかなかった」と感じる経営者は少なくありません。
中小企業庁の調査によれば、M&Aを経験した中小企業のうち約24%が「期待していた成果が得られなかった」と回答しています。
そして、その主な原因として挙げられるのが「PMIへの取り組みが不十分だった」ことです。
なぜ失敗するのか。それは多くの場合、「M&Aの成立に力を使い果たして、その後の統合準備が手薄になるから」です。
契約交渉・デューデリジェンス・条件調整と、M&A成立までのプロセスで経営者は多大なエネルギーを費やします。
その結果、「成立したら一段落」という気持ちになりやすく、PMIへの着手が遅れてしまいます。
しかし、失敗のパターンは決まっています。
裏を返せば、典型的な失敗パターンを事前に知っておくことで、多くのリスクは回避できます。
失敗パターン①:「人」の統合の失敗
PMI失敗の中で最も多く、かつ深刻な影響を及ぼすのが「人」に関わる失敗です。
パターン1-1:従業員に何も説明しないまま時間が経つ
M&Aが成立した直後、従業員の頭の中は疑問だらけです。
「自分の仕事はなくなるのか」「給料や待遇は変わるのか」「新しい社長はどんな方針で経営するのか」。これらの疑問に対して何も説明がなければ、従業員は「最悪の可能性」を想定して動き始めます。
具体的には、転職活動の開始や、社内での不満・噂の拡散が起きます。
特に情報網が速い中小企業では、「〇〇さんが転職活動をしているらしい」という情報がすぐに広まり、不安が組織全体に伝染します。
承継後できる限り早く(目安は1週間以内)、全員を集めた説明の場を設ける。「変わること」と「変わらないこと」を明確に伝え、個別面談の機会も設ける。
パターン1-2:キーパーソンが早期離職する
どの会社にも、「この人がいないと現場が回らない」という従業員が数名います。
長年の顧客を担当してきた営業担当、特殊な技術を持つ職人、チームをまとめるリーダー……。
このような人材が承継直後に離職すると、事業継続に深刻な支障が生じます。
キーパーソンの離職リスクが高まるのは、「自分の処遇が不透明なまま放置されている」と感じたときです。
誰もが自分の将来についての明確な言葉を求めています。
M&A成立後できるだけ早く、キーパーソンを個別に特定し、役割・待遇・今後の期待を直接伝える。「あなたに残ってほしい」という意思を明確に示すことが重要。
パターン1-3:前経営者との関係を清算できない
中小企業では、従業員が前経営者に強い忠誠心を持っているケースが多くあります。
「先代社長の言うことは聞くが、新社長の言うことには従いたくない」という空気が生まれると、新体制の経営が機能しません。
前経営者が引き続き現場に顔を出したり、従業員と個別に連絡を取り続けたりすることで、「二重権力状態」になるケースもあります。
承継前に前経営者と役割分担を明確に取り決める。前経営者のサポートは期間を定め、段階的に新経営者が権限を引き取る移行計画を立てておく。
失敗パターン②:「組織」の統合の失敗
パターン2-1:誰が何を決めるか、誰も知らない
中小企業では、多くの意思決定が「社長(前経営者)に聞けばよかった」という形で処理されてきました。しかし経営者が交代すると、「これはどうすればいいのか」「誰に相談すればよいのか」がわからなくなり、現場が止まります。
問い合わせが新経営者に集中して身動きが取れなくなるか、逆に「誰も決めない」ために業務が滞るか、どちらかが起きやすい状態です。
早期に組織図を整理し、誰が何の責任を持つかを文書化する。すべての意思決定を社長に集めず、現場レベルで判断できる範囲を明確にする。
パターン2-2:既存従業員と新経営陣の間に「壁」ができる
新しい経営者が外部から来た場合、既存の従業員との間に「よそ者」という感覚が生まれやすくなります。「前の社長のやり方の方がよかった」「新しいやり方には納得できない」という声が出始め、変化への抵抗が組織全体に広がることがあります。
変化に対する抵抗は自然なことですが、それを放置すると「改革が何も進まない」状態が長期化します。
変更を一方的に押しつけず、従業員の意見を聞きながら進める「参加型の改革」を意識する。「変えない部分」を明示することで、不必要な不安を取り除く。
失敗パターン③:「業務・財務」の統合の失敗
パターン3-1:前経営者の「頭の中」が引き継がれない
中小企業では、顧客情報・技術的なノウハウ・業務の段取り・取引先との約束事など、多くのことが前経営者の頭の中にだけ存在しています。
これが引き継がれないと、新経営者は「わからないこと」だらけのまま経営を始めることになります。
「前の社長に聞かないとわからない」という状況が続くと、新経営者の信頼性が低下し、従業員や取引先も不安を感じます。
承継前(プレPMI)の段階から、前経営者にヒアリングを行い、顧客情報・業務フロー・取引条件などを文書化する。引き継ぎには十分な時間を確保する。
パターン3-2:財務の全体像が把握できていない
承継直後は、経営者自身が会社の財務状況を正確に把握できていないことが少なくありません。
「どこに口座があるか」「どの取引先にいくら支払いがあるか」「いつ資金が不足しそうか」——これらが把握できていない状態で経営を始めると、思わぬタイミングで資金ショートが起きることがあります。
承継後できるだけ早く(目安は1か月以内)、資金繰り表を作成し、少なくとも6か月先の見通しを立てる。経理担当者または顧問税理士とともに財務の全体像を確認する。
パターン3-3:「シナジー追求」を焦りすぎる
「せっかくM&Aをしたのだから、早く成果を出さなければ」という焦りから、組織の基盤が固まらないうちに新事業や業務効率化に着手してしまうケースがあります。
しかし、基本的な信頼関係や業務の安定が整っていない段階で変化を急ぎすぎると、現場の混乱が深まるだけです。PMIには「正しい順番」があります。
まず「現状の事業を安定させること」を最優先に置く。新しい取り組みは、組織・業務・財務の基盤が整った後に段階的に進める。
失敗パターンに共通する「根本原因」
ここまで複数の失敗パターンを見てきましたが、その根本には共通の原因があります。
原因①:PMIへの着手が遅すぎる
M&A成立後、「まずはしばらく様子を見よう」と考える経営者は多いですが、その「様子を見ている間」に従業員の不安は膨らみ、取引先の信頼は揺らぎます。
PMIは成立と同時に始めるものです。
原因②:「言わなくてもわかるだろう」という思い込み
経営者にとって当然のことでも、従業員には伝わっていないことが多くあります。
「変えるつもりはない」という気持ちも、言葉で伝えなければ伝わりません。
PMIで最も重要なのは「コミュニケーションの量と質」です。
原因③:計画なしに動いている
PMIを「行き当たりばったりで対処する」スタイルで進めると、問題が起きてから対応する後手の連続になります。
最初に「誰が、何を、いつまでに行うか」を決めた計画を持つことが、PMIを成功に導く基本です。
回避策の全体像――計画的なPMIの実施
典型的な失敗パターンを回避するためには、中小PMIガイドラインを活用した計画的なPMIの実施が有効です。
ステップ①:プレPMI(M&A成立前)の準備
M&Aが成立する前から、PMIの計画を立て始めることが理想的です。
具体的には、引き継ぎが必要な業務・顧客・人材の洗い出し、統合の優先順位の設定、初日(Day1)の対応計画の策定を行います。
ステップ②:100日プランで最重要課題に集中する
M&A成立後の最初の100日間は、PMIの中で最も重要な期間です。
この期間に取り組むべきことは次の3点です。
- 全従業員への方針説明と個別面談
- キーパーソンの特定と信頼関係の構築
- 財務・資金繰りの現状把握
詳しくは第6回:PMI実施手順――100日プランと成功のポイントで解説しています。
ステップ③:優先順位をつけて課題に対処する
すべての課題を同時に解決しようとすると、どれも中途半端になります。
「人の不安解消」→「組織の整理」→「業務・財務の統合」という順番で優先度を設定し、一つずつ確実に進めることが重要です。
ステップ④:定期的な進捗確認と軌道修正
PMIはひとつの計画を立てて終わりではありません。
月1回程度、計画と実績のギャップを確認し、必要に応じて柔軟に修正する「PDCA」の習慣を持つことが、長期的な成功につながります。
よくある質問(FAQ)
- QPMIの失敗は取り返せないのですか?
- A
多くの場合、取り返せます。ただし、対処が遅れるほど難しくなります。「従業員の離職が続いている」「取引先から不安の声が出始めた」などのサインに気づいたら、早急に原因を特定し、対話を増やすことが最初の一歩です。状況が深刻な場合は、中小企業診断士などの専門家に相談することも有効です。
- Q失敗しやすいのはどの時期ですか?
- A
M&A成立後の最初の3か月間(特に最初の1か月)が最も失敗リスクの高い時期です。この時期は従業員の不安が最大化しており、取引先も状況を注視しています。この時期に適切な対応ができるかどうかが、PMIの成否を大きく左右します。
- Q専門家に相談するタイミングはいつですか?
- A
理想はM&A成立前(プレPMI)の段階です。しかし、「すでに成立していて、うまくいっていない」という段階でも専門家は力になれます。問題を抱えたまま一人で進めるより、早めに相談することをお勧めします。
まとめ
PMIが失敗する典型的なパターンは、「人」「組織」「業務・財務」の3領域に集中しています。
そしてその根本原因は、「PMIへの着手が遅すぎること」「言葉で伝えないこと」「計画なしに動くこと」のいずれかに行き着きます。
失敗パターンを事前に知り、中小PMIガイドラインを活用しながら計画的に進めること——これがPMI成功の基本です。
次回(第4回:PMI成功のカギは「現場の実践」)では、現場レベルで実践できるPMI成功のヒントを、具体的な事例を交えてご紹介します。
PMIシリーズの記事一覧
| 回 | タイトル | 内容 |
|---|---|---|
| 第1回 | PMIとは何か?事業承継後の経営統合を担うフェーズ | PMIの定義・なぜ必要か |
| 第2回 | なぜ中小企業においてPMIが重要なのか? | 中小企業特有の課題とPMIの必要性 |
| 第3回 | PMIが失敗する典型的なパターンと回避策(本記事) | 失敗パターンと対策 |
| 第4回 | PMI成功のカギは「現場の実践」――中小企業で活かせるヒント | 現場レベルの成功事例と実践のヒント |
| 第5回 | PMI成功のカギ――リーダーシップとコミュニケーションの力 | 経営者に求められる姿勢 |
| 第6回 | PMI実施手順――100日プランと成功のポイント | 具体的な実施ステップ |
| 第7回 | PMIにおける人材マネジメントと組織文化の融合 | 人材・文化の統合 |
| 第8回 | PMIにおける財務・業務プロセス統合――資金繰りとシステムの整備 | 財務・業務の実務的統合 |
| 第9回 | PMIの成果を測る――KPI設定とモニタリングの方法 | 成果の見える化と管理 |
| 第10回 | PMIの総括と今後の展望――中小企業における可能性と支援制度の活用 | シリーズのまとめと支援制度 |
事業承継・PMIでお困りの方へ
イグナル・コンサルティングでは、M&A・事業承継後のPMI支援を行っています。
当事務所の支援スタンスは、「事業のなりたい姿の実現を最優先に」することです。
「PMIがうまくいっていない」「何から手をつければよいかわからない」という段階からのご相談も歓迎しています。
補助金(事業承継・M&A補助金など)の活用についても、事業の目的に沿った形でご提案します。
参考資料
- 中小企業庁「中小PMIガイドライン」(令和4年3月)
- 中小企業庁「中小PMIハンドブック」
- 中小企業庁「PMI実践ツール活用ガイドブック」(令和6年3月)
- 中小企業庁「PMI取組事例集」
