前回の記事(第1回:PMIとは何か?)では、PMIの定義と基本的な全体像をお伝えしました。
今回は一歩踏み込んで、「なぜ中小企業においてPMIがとりわけ重要なのか」を掘り下げます。
PMIは大企業の話では?自分の会社には関係ない?――そう感じている方こそ、ぜひ読んでいただきたい内容です。
中小企業だからこそ、PMIを軽視したときのリスクが大きく、そして取り組み方次第で大きな成果も得やすいのです。
- 日本の中小企業は今、「後継者不在」という構造的な課題に直面しており、M&Aによる承継が急増しています
- 中小企業では経営者個人への依存度が高く、PMIなしでは承継後に組織が機能しなくなるリスクがあります
- 「人の統合」「組織の統合」「業務・システムの統合」の3つが、中小企業のPMIで特に重視すべきポイントです
- PMIに取り組まないと、従業員離職・取引先離反・業務混乱など深刻な問題が起きやすくなります
- 中小PMIガイドラインを活用すれば、経営資源が限られた中小企業でも体系的にPMIを進めることができます
中小企業を取り巻く現状――後継者不在とM&A承継の増加
経営者の高齢化と後継者不在は深刻な問題
日本の中小企業では、経営者の高齢化が急速に進んでいます。中小企業庁の調査によると、後継者が「いない」または「未定」と答えた中小企業経営者は全体の半数を超えており、毎年数万社が後継者不在のまま廃業の岐路に立たされています。
このような状況の中で、親族や社内の従業員への承継が難しい場合の選択肢として、M&Aによる第三者承継が急増しています。10年前には中小企業のM&Aは「特別なこと」でしたが、今やごく一般的な事業承継の手段となっています。
M&Aの件数増加と「PMIの重要性」への気づき
M&Aの件数が増えるにつれて、「M&Aが成立した後の経営がうまくいかない」という事例も増えてきました。
中小企業庁が実施した調査では、M&Aを実施した中小企業のうち約24%が「期待していた成果が得られなかった」と回答しています。
成果が出なかった理由として最も多く挙げられたのが、「M&A後の統合(PMI)への取り組みが不十分だった」ことです。
こうした背景から、中小企業庁は2022年3月に「中小PMIガイドライン」を策定しました。
M&Aを成立させることだけでなく、その後の統合をどう進めるかが、事業承継の成否を左右すると国も認識し始めたのです。
なぜ中小企業でPMIが特に重要なのか
大企業でもPMIは重要ですが、中小企業では特有の事情から、その重要性がさらに高まります。
大企業との違いを整理しながら、理由をお伝えします。
理由①:経営者個人への依存度が極めて高い
中小企業では、営業・技術・仕入れ・人間関係など、経営に関わる多くのことが前経営者の「頭の中」にあります。
「あの取引先とはAさん(前社長)の個人的なつながりで取引が続いていた」「製品の品質管理の基準は社長しか知らない」というケースは珍しくありません。
このような「属人化」が解消されないまま経営者が交代すると、日常業務が停滞し、取引先との関係にもひびが入ります。
PMIの中でこうした暗黙知を言語化・組織知化することが、事業継続の大前提となります。
理由②:従業員が「見えない不安」を抱えやすい
大企業であれば、M&Aが発表されても「会社という組織そのものは変わらない」という安心感が比較的保たれます。
しかし中小企業では、「社長=会社」という感覚が強く、経営者が変わること自体が従業員に大きな不安を与えます。
「自分の仕事はなくなるのか」「給料や待遇はどうなるのか」「新しい社長はどんな人なのか」。
このような不安が解消されないまま時間が経つと、優秀な従業員ほど早期に離職を選ぶ傾向があります。
PMIの初期段階で従業員との丁寧なコミュニケーションを行い、不安を取り除くことが、組織の安定に直結します。
理由③:取引先・顧客との関係が「人」で成り立っている
中小企業の取引関係は、長年にわたる人間関係に支えられていることが多いです。
「長年お世話になった○○社長の会社だから取引している」という取引先は珍しくなく、経営者が変わることで関係が揺らぐリスクがあります。
早めの挨拶・報告と、新体制での経営方針の説明を行うことで、このリスクを最小限に抑えることがPMIの重要な役割です。
理由④:経営資源が限られており、問題が表面化しやすい
大企業であれば、PMIに専任チームを設けたり、コンサルタントを大量に投入したりすることもできます。しかし中小企業では、社長自身がPMIの推進役を担わなければならないことがほとんどです。
人材も時間も限られているため、問題が発生しても対処が後手に回りやすく、気づいたときには状況が悪化していた、ということも起こります。
だからこそ、優先順位をつけて計画的にPMIを進める「型」が必要なのです。
理由⑤:成功すれば、承継が「成長の起点」になる
リスクばかりお伝えしましたが、中小企業においてPMIがうまくいったときの恩恵も大きいものがあります。
中小企業庁の調査によれば、事業承継を実施した企業は承継後に当期純利益の成長率が同業種平均を20%前後上回るという結果が出ています。
つまり、PMIをしっかり進めることで、承継をただの「経営者の交代」ではなく、「会社が生まれ変わる契機」にできるのです。
中小企業のPMIで特に重視すべき3つのポイント
中小PMIガイドラインでは、PMIの取り組みを「経営統合」「信頼関係構築」「業務統合」の3領域に整理しています。
中小企業でPMIに取り組む際、それぞれどのような点を特に意識すべきかを解説します。
ポイント①:「人の統合」――信頼関係の再構築
中小企業でPMI成功の最大のカギとなるのが、「人」の統合です。
具体的には、次のような取り組みが重要です。
- 全従業員に対して、新しい経営方針と「変わること・変わらないこと」を早期に明確に伝える
- 個別面談などを通じて、従業員一人ひとりの不安や意見を丁寧に聞く
- キープレイヤー(事業の継続に欠かせない中心人物)を特定し、早期に信頼関係を築く
- 取引先・金融機関への挨拶と報告を迅速に行い、関係の継続を確認する
「言わなくてもわかるだろう」という思い込みが、信頼関係の崩壊につながります。
中小企業では特に、言葉にして伝えることの積み重ねが信頼構築の基本です。
ポイント②:「組織の統合」――属人化の解消と権限の明確化
前経営者に依存していた意思決定や業務の流れを、組織として機能する仕組みに作り替えることが必要です。
- 組織図を整理し、誰が何を担当するかを明確にする
- 前経営者の頭の中にあった「暗黙知」(顧客情報・技術・業務ルールなど)を文書化する
- 意思決定の権限と責任の所在を整理する
- 兼任・属人化が多い業務の標準化を段階的に進める
組織の統合は一朝一夕には進みません。
100日プランで着手し、1年以上かけて徐々に定着させることを見据えた計画を立てることが大切です。
ポイント③:「業務・システムの統合」――経営の見える化
財務・会計・業務フロー・ITシステムを整備・統合することで、経営者が正確な現状を把握し、的確な判断を下せるようになります。
- 資金繰り表を整備し、少なくとも6か月先の見通しを立てる
- 売上・原価・利益の数字を月次で把握できる体制をつくる
- 業務フローを可視化し、非効率な手順や二重作業を洗い出す
- ITシステムは無理な一本化を急がず、段階的に統合を進める
特に資金繰りの把握は最優先課題です。
承継直後は経営者が財務の全体像を把握していないことが多く、気づかないうちに資金が不足するリスクがあります。
PMIに取り組まないと何が起きるか――5つのリスク
「PMIは大変そうだから、できる範囲で対応すればいい」と考えていると、次のようなリスクが現実になりやすくなります。
リスク①:優秀な従業員の離職
不安を解消されないまま時間が経つと、他に選択肢を持つ優秀な従業員から先に離れていきます。
中小企業では一人の離職が事業運営に大きな支障をきたすことがあります。
リスク②:取引先・顧客の離反
経営者交代の連絡が遅れたり、新体制の方針が伝わらなかったりすると、取引先が不安を感じて別の供給先を探し始めます。
一度離れた取引先を取り戻すのは容易ではありません。
リスク③:前経営者なしでは動けない状態の長期化
業務の引き継ぎが不十分なまま前経営者が離れると、「あの件はどうするんだっけ」という問い合わせが後を絶たず、現場が混乱します。
最悪の場合、前経営者に頼り続けることで新体制の構築が進まなくなります。
リスク④:資金繰りの悪化
財務状況を正確に把握できていない場合、思わぬタイミングで資金が不足するリスクがあります。
承継直後は出費が増えやすい時期でもあり、早期の財務把握が欠かせません。
リスク⑤:M&Aの目的・シナジーの不発
「新しい販路を開拓したい」「技術力を活かして事業を拡大したい」といったM&Aの目的が、統合の不備によって実現できないまま終わってしまいます。
中小PMIガイドラインを活用する
中小企業庁の「中小PMIガイドライン」は、経営資源が限られた中小企業がPMIを体系的に進めるための実践的な手引きです。
ガイドラインでは、PMIの取り組みを難易度別に「基礎編」と「発展編」に分けて整理しています。
基礎編では、M&A成立後100日〜1年程度の期間に取り組むべき、事業の円滑な引き継ぎに向けた基本的な統合作業を解説しています。
まずはここから始めることが推奨されています。
発展編では、基礎的な統合が一定程度進んだ後に取り組む、シナジー効果の実現や新事業展開などの発展的な内容が整理されています。
また、ガイドラインと合わせて使える実践ツール(PMI分析ワークシート・PMIアクションプラン・統合方針書)も公開されており、これらを活用することで初めてPMIに取り組む経営者でも計画的に進めやすくなっています。
「自社はどこから手をつけるべきか」に迷ったら、まずこのガイドラインを手元に置くことをお勧めします。
よくある質問(FAQ)
- QPMIは事業規模が小さい会社でも必要ですか?
- A
はい、規模の大小にかかわらず必要です。むしろ社員数が少ない会社ほど、一人の離職や一社の取引先離反が経営全体に与えるインパクトが大きく、PMIの重要性は高まります。中小PMIガイドラインは、小規模事業者でも実践できるよう設計されています。
- Q親族承継でもPMIは必要ですか?
- A
はい、必要です。「身内だからわかってくれる」という思い込みが、かえって従業員や取引先への説明を後回しにする原因になりがちです。誰への承継であっても、経営方針の共有・信頼関係の再構築・業務の引き継ぎは欠かせません。
- QPMIはいつまでに完了させればよいですか?
- A
PMIに「完了」という明確なゴールはありません。特に最初の100日間は基本的な信頼関係構築・現状把握・方針共有に集中し、その後は中期的な業務統合・制度整備を経て、数年かけて定着させていくプロセスです。中小PMIガイドラインでも、PMIは継続的な取り組みとして位置づけられています。
まとめ
なぜ中小企業においてPMIが重要なのか。それは、中小企業特有の「経営者への依存」「属人化」「人間関係で成り立つ取引」といった事情が、PMIを怠ったときのリスクを大企業以上に大きくするからです。
一方で、PMIをしっかり進めることができれば、承継は「会社が生まれ変わる成長の起点」になります。
中小PMIガイドラインを活用しながら、「人の統合」「組織の統合」「業務・システムの統合」の3つの柱を計画的に進めていきましょう。
次回(第3回)では、PMIが失敗する典型的なパターンとその回避策を具体的に解説します。
PMIシリーズの記事一覧
| 回 | タイトル | 内容 |
|---|---|---|
| 第1回 | PMIとは何か?事業承継後の経営統合を担うフェーズ | PMIの定義・なぜ必要か |
| 第2回 | なぜ中小企業においてPMIが重要なのか?(本記事) | 中小企業特有の課題とPMIの必要性 |
| 第3回 | PMIが失敗する典型的なパターンと回避策 | 失敗事例と対策 |
| 第4回 | PMI成功のカギは「現場の実践」――中小企業で活かせるヒント | 現場レベルの成功事例と実践のヒント |
| 第5回 | PMI成功のカギ――リーダーシップとコミュニケーションの力 | 経営者に求められる姿勢 |
| 第6回 | PMI実施手順――100日プランと成功のポイント | 具体的な実施ステップ |
| 第7回 | PMIにおける人材マネジメントと組織文化の融合 | 人材・文化の統合 |
| 第8回 | PMIにおける財務・業務プロセス統合――資金繰りとシステムの整備 | 財務・業務の実務的統合 |
| 第9回 | PMIの成果を測る――KPI設定とモニタリングの方法 | 成果の見える化と管理 |
| 第10回 | PMIの総括と今後の展望――中小企業における可能性と支援制度の活用 | シリーズのまとめと支援制度 |
事業承継・PMIでお困りの方へ
イグナル・コンサルティングでは、M&A・事業承継後のPMI支援を行っています。
当事務所の支援スタンスは、「事業のなりたい姿の実現を最優先に」することです。
「どこから手をつけてよいかわからない」「属人化した業務の引き継ぎをどう進めるか」といった段階からのご相談も歓迎しています。補助金の活用(事業承継・M&A補助金など)についても、事業の目的に沿った形でご提案します。
参考資料
- 中小企業庁「中小PMIガイドライン」(令和4年3月)
- 中小企業庁「中小PMIハンドブック」
- 中小企業庁「PMI実践ツール活用ガイドブック」(令和6年3月)
