経営力向上計画は、設備投資の税制優遇(中小企業経営強化税制)で知られていますが、実はM&Aや事業承継の場面でも大きなメリットを発揮します。
事業譲渡に伴う不動産取得税の軽減、M&A後のリスクに備える準備金の損金算入、さらには事業譲渡で通常は取り直しが必要な許認可を承継できる特例。
これらはすべて、経営力向上計画の認定を受けることで利用できる支援措置です。
本記事では、M&A・事業承継の局面で経営力向上計画をどのように活用できるのか、その全体像をわかりやすく解説します。
M&A・事業承継における経営力向上計画の3つのメリット
経営力向上計画を活用することで、M&A・事業承継に関連して受けられる主な支援措置は以下の3つです。
| 支援措置 | 内容 |
|---|---|
| ①不動産取得税の軽減 | 事業譲渡で不動産を取得する際の不動産取得税が軽減される |
| ②中小企業事業再編投資損失準備金 | M&A後のリスクに備えて、取得価額の一定割合を準備金として損金算入できる |
| ③許認可承継の特例 | 事業譲渡でも一定の許認可を取り直しなく承継できる |
いずれも、事業承継等を行うことを経営力向上計画の記載内容に含め、事前に認定を受けたうえで実行することが条件です。
「先にM&Aを実行してから計画を申請する」という順番では適用を受けられませんので、早めの準備が不可欠です。
メリット①:不動産取得税の軽減措置
事業譲渡で不動産を取得するときの税負担
M&Aの手法として事業譲渡を選択した場合、買い手側は譲り受ける事業に含まれる土地や建物について不動産取得税を納める必要があります。
不動産取得税は不動産の固定資産税評価額に対して原則4%(土地・住宅は令和9年3月31日まで3%に軽減中)が課される地方税であり、工場や店舗などの不動産を含む事業承継では、この税負担が数百万円規模になることも珍しくありません。
なお、合併や一定の要件を満たす会社分割の場合は、不動産取得税がそもそも非課税となるケースがあります。
しかし、事業譲渡の場合は原則として課税されるため、経営力向上計画の軽減措置が特に重要になります。
経営力向上計画による軽減措置の内容
認定を受けた経営力向上計画に基づいて事業譲渡を行い、土地・建物を取得する場合、不動産取得税の課税標準から6分の1相当額が控除されます。
固定資産税評価額6,000万円の土地(事業用)を事業譲渡で取得する場合
- 通常:6,000万円 × 3% = 180万円
- 経営力向上計画あり:(6,000万円 − 1,000万円)× 3% = 150万円
→ 約30万円の軽減
※事務所や宿舎等の一定の不動産は対象外です。
適用を受けるための手続き
この軽減措置を受けるためには、以下の手順で進める必要があります。
まず、事業譲渡について当事者間で基本的な合意に至った段階で、経営力向上計画を策定します。
計画には事業承継等に関する事項を記載し、主務大臣に申請して認定を受けます。
不動産取得税の軽減措置を利用する場合は、都道府県を経由して申請する点に注意が必要です。
主務大臣から認定を受けた後に事業譲渡を実行し、不動産取得の申告時に認定書の写しを添付して提出します。
その後、都道府県から軽減後の税額で納税通知書が届く流れです。
不動産取得税の軽減措置を受けるためには、事業譲渡の最終合意(最終契約)の前に計画の認定を受ける必要があります。
計画の認定には通常30日程度かかり、さらに不動産取得税の軽減の場合は都道府県を経由するため追加の日数がかかる場合があります。
M&Aのスケジュールを立てる段階から逆算して準備を始めてください。
また、対象となるのは「後継者不在により事業の継続が困難となっている事業者から取得するもので、かつ、事業の承継を伴う取組」です。
グループ内での一定の事業譲渡も対象となりますが、すべての事業譲渡が該当するわけではありませんので、事前に確認が必要です。
メリット②:中小企業事業再編投資損失準備金の活用
M&A後のリスクに備える仕組み
M&Aを実施した後、買い手側には「想定していなかった簿外債務が見つかった」「事業の収益が計画通りにいかない」といったリスクが存在します。
中小企業事業再編投資損失準備金は、こうしたリスクに備えるための制度です。
具体的には、経営力向上計画に事業承継等事前調査(デューデリジェンス)に関する事項を記載し、認定を受けたうえでM&Aを実施した場合、取得した株式等の取得価額の一定割合を準備金として積み立て、その金額を損金算入できます。
準備金の仕組みと税効果
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 対象 | 経営力向上計画に基づくM&Aで取得した株式等 |
| 積立限度額 | 取得価額の70%以下 |
| 損金算入 | 積み立てた金額を損金算入可能 |
| 据え置き期間 | 5年間 |
| 取り崩し | 簿外債務の発覚・減損等が生じた場合に取り崩して益金算入。5年経過後は5年間で均等に益金算入 |
たとえば、5,000万円でM&Aを行い、取得価額の70%にあたる3,500万円を準備金として積み立てた場合、その3,500万円を損金に算入できるため、法人税の負担を一時的に大きく軽減できます。
この制度は、M&A後に実際に損失が発生した場合のリスクヘッジとして機能するとともに、「M&Aを行う年度の税負担を平準化できる」という実務上のメリットもあります。
デューデリジェンスの実施が前提
準備金の活用には、経営力向上計画に事業承継等事前調査(デューデリジェンス)に関する事項を記載する必要があります。
事前調査は、法務・財務・税務のいずれかについて、弁護士や公認会計士・税理士といった有資格者が実施することが想定されています。
有資格者以外が実施した場合は、レポートとチェックシートの対応関係を示す追加書類が必要になります。
M&Aを行う際にデューデリジェンスを実施するのは一般的な実務ですので、そのプロセスを経営力向上計画に反映させることで、追加の税メリットが得られるという位置づけです。
メリット③:許認可承継の特例(法的支援)
事業譲渡における許認可の課題
M&Aの手法のうち、株式譲渡であれば会社の法人格が変わらないため、許認可は原則としてそのまま引き継がれます。
しかし、事業譲渡の場合は事情が異なります。事業譲渡では、許認可は原則として買い手側が新たに取得し直す必要があるのです。
許認可の再取得には時間がかかるうえ、取得できるまでの間は事業を営むことができないという深刻なリスクがあります。
特に建設業許可や運送業の許可のように、取得に厳しい要件がある業種では、事業譲渡の大きな障壁となっていました。
経営力向上計画による許認可承継の特例
経営力向上計画に事業承継等を含めて認定を受けた場合、以下の6種類の許認可について、事業譲渡であっても承継元の許認可をそのまま引き継ぐことができます。
| 許認可の種類 | 根拠法 |
|---|---|
| 旅館業 | 旅館業法 |
| 建設業 | 建設業法 |
| 火薬類製造業・火薬類販売業 | 火薬類取締法 |
| 一般旅客自動車運送事業 | 道路運送法 |
| 一般貨物自動車運送事業 | 貨物自動車運送事業法 |
| 一般ガス導管事業 | ガス事業法 |
特に中小企業のM&A実務において影響が大きいのは、建設業と一般貨物自動車運送事業(運送業)の許認可承継です。
建設業許可の承継について
建設業では、令和2年10月の建設業法改正により、事業譲渡・合併・分割について事前認可を受けることで許可を承継できる制度が整備されました。
経営力向上計画の許認可承継の特例と、この建設業法上の承継制度は別の仕組みですが、いずれも「事業譲渡で建設業許可を途切れさせない」ための手段として活用されています。
建設業のM&Aをお考えの方は、両方の制度を比較検討し、自社の状況に合った方法を選択されることをおすすめします。
特例を利用するための手続き上の注意点
許認可承継の特例を利用する場合は、以下の点にご注意ください。
まず、経営力向上計画の申請前に、対象となる許認可の所管行政庁へ事前相談を行う必要があります。
計画の認定審査に加えて、許認可の所管行政庁における評価・判断にも日数がかかるため、通常の計画認定よりもスケジュールに余裕を持つ必要があります。
また、事業譲渡側・事業承継側のどちらかが大企業に該当する場合は、この特例の対象になりません。
中小企業同士のM&Aにおいて特に有効な制度であるという点を押さえておいてください。
許認可承継の特例を活用した事業譲渡を完了した後は、速やかに計画認定を行った省庁に対して報告を行う必要があります。
M&A・事業承継で経営力向上計画を活用する際の全体スケジュール
M&A・事業承継の場面で経営力向上計画を最大限に活用するためには、スケジュール管理が極めて重要です。大まかな流れをまとめます。
| ステップ | 内容 | 注意点 |
|---|---|---|
| 1 | M&Aの基本合意 | 基本合意に至った段階から計画策定が可能に |
| 2 | デューデリジェンスの実施 | 準備金を活用する場合は最終合意前に完了が必要 |
| 3 | 経営力向上計画の策定・申請 | 許認可特例の場合は所管行政庁に事前相談 |
| 4 | 計画の認定 | 認定前にM&Aの最終契約を締結しないこと |
| 5 | 最終契約の締結・事業譲渡等の実行 | 認定後に実行する |
| 6 | 各種軽減措置の申告・報告 | 不動産取得の申告時に認定書写しを添付等 |
不動産取得税の軽減措置と準備金の損金算入は、いずれも最終合意(最終契約)の前に計画の認定を受けることが必要です。
M&Aは相手方との交渉もあり、スケジュールが読みにくい面がありますが、経営力向上計画の活用を視野に入れる場合は、できるだけ早い段階から専門家に相談して準備を進めてください。
よくある質問(FAQ)
- Q株式譲渡によるM&Aでも経営力向上計画のメリットはありますか?
- A
はい。株式譲渡の場合でも、中小企業事業再編投資損失準備金を活用して、取得した株式等の一定割合を損金算入することが可能です。一方、不動産取得税の軽減は事業譲渡の場合に特に有効で、株式譲渡ではそもそも不動産の権利移転が発生しないため問題になりません。許認可についても、株式譲渡では法人格が変わらないため原則として承継されます。
- Q経営力向上計画のD類型(経営資源集約化設備)との関係は?
- A
D類型は、M&A後に取得する設備で、M&Aの効果を高めるために必要不可欠な設備について即時償却や税額控除を受けられる仕組みです。つまり、準備金の損金算入(M&Aそのものへの税メリット)とD類型の税制優遇(M&A後の設備投資への税メリット)を組み合わせて活用することも可能です。
- Q登録免許税の軽減措置はまだありますか?
- A
経営力向上計画に基づく登録免許税の軽減措置は、令和6年3月31日をもって廃止されています。現在は不動産取得税の軽減のみが利用可能です。最新の制度内容は中小企業庁の「支援措置活用の手引き」で必ずご確認ください。
- Q事業承継・M&A補助金との違いは何ですか?
- A
事業承継・M&A補助金は、M&AやPMIに伴う経費(仲介手数料やデューデリジェンス費用、PMI専門家支援料、PMIに伴う設備投資等)を補助する制度です。一方、経営力向上計画は税制優遇や金融支援を受けるための認定制度であり、両者は別の仕組みです。要件を満たせば両方を活用することも可能ですので、M&Aを検討される際は併せてご検討ください。
まとめ ― M&A・事業承継を「計画的に」進めるために
M&Aや事業承継は、会社の将来を大きく左右する経営判断です。
経営力向上計画を活用することで、不動産取得税の軽減、準備金による税負担の平準化、許認可のスムーズな承継といったメリットを得ることができます。
ただし、いずれの支援措置も「事前の計画認定」が条件です。
M&Aの実行が決まってから慌てて準備するのではなく、検討段階から専門家と連携してスケジュールを組むことが重要です。
当事務所では、M&A・PMIに関するコラムシリーズをご用意しているほか、経営力向上計画の策定支援も行っています。事業承継やM&Aを検討されている経営者の方は、ぜひ早い段階でご相談ください。
- 経営力向上計画の制度全体を知りたい方 → 「経営力向上計画とは?中小企業が認定を受ける5つのメリット」(シリーズ第1回)
- 税制優遇(即時償却・税額控除)の詳細 → 「経営力向上計画で設備投資の税負担を軽くする方法」(シリーズ第2回)
- 事業譲渡での許認可の引き継ぎ → 「事業譲渡でも許認可を引き継げる?|許認可承継の特例を解説」
- 建設業のM&Aにおける許可承継の方法比較 → 「建設業の事業譲渡で許可を引き継ぐ方法は?|建設業法の承継制度と経営力向上計画の使い分け」
