M&Aで会社を買い取ったとき、多くの経営者が驚くのが「費用の大きさ」です。
M&A仲介会社への成功報酬だけで数百万円、そこにデューデリジェンス(DD)費用が加わり、さらにM&A成立後の経営統合(PMI)を専門家に依頼すると、また費用がかかる——。
実は、国の補助金(事業承継・M&A補助金)を活用すれば、この「仲介手数料」と「PMIの専門家費用」の両方を同じ公募で補助対象にできる仕組みがあります。
ただし、この補助金には申請するタイミングに非常に厳しい条件があります。
順番を間違えると補助を受けられなくなるため、M&Aを検討しはじめた早い段階でこの仕組みを知っておくことが重要です。
本記事では、M&Aで会社を買い取る(または検討している)経営者の方に向けて、「専門家活用枠」と「PMI推進枠」の内容・組み合わせ方・申請タイミングの鉄則を、補助金に詳しくない方でもわかるように解説します。
- 「専門家活用枠」と「PMI推進枠」それぞれの対象費用と補助額の目安
- 2枠を同時申請した場合の費用削減イメージ
- M&Aのフェーズ別・申請できるタイミングと絶対に守るべき順番
- さらに先を見据えた「事業統合投資類型」という次のステップ
⚠️ 補助金の情報は必ず公式サイトで最新版を確認してください
補助金の補助率・上限額・申請要件・スケジュールは公募回ごとに変更されます。本記事の数値はあくまで「制度の仕組みを理解するための参考値」です。申請前に必ず公式の公募要領をご確認ください。
▶ 事業承継・M&A補助金公式:shoukei-mahojokin.go.jp
事業承継・M&A補助金とは
事業承継・M&A補助金は、中小企業の事業承継やM&Aを後押しするために国(中小企業庁)が設けている補助金制度です。
M&Aの買い手・売り手それぞれに対して複数の枠が用意されており、仲介費用やPMI(M&A後の経営統合)に関わる専門家費用も補助の対象になります。
本記事では、買い手企業が活用できる「専門家活用枠(買い手支援類型)」と「PMI推進枠(専門家活用類型)」の2枠に絞って解説します。
補助金の内容・金額・スケジュールは公募回ごとに変わりますので、「公募回によらない制度の基本的な仕組み」として読んでいただければ幸いです。
2つの枠、何が違う?
2つの枠は、補助する費用の種類と、M&Aプロセスにおける位置づけが異なります。
専門家活用枠(買い手支援類型)
M&A仲介費用やデューデリジェンス費用など、M&Aの実行にかかる専門家費用を補助する枠です。
仲介会社への成功報酬をはじめ、買収検討の過程で発生するコストが対象になります。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 主な対象費用 | M&A仲介手数料・FA報酬、デューデリジェンス費用、セカンドオピニオン費用、表明保証保険料 など |
| 補助上限額の目安 | 600万円程度(DD費用を含む場合は上限が引き上げられる公募回もあり) |
| 補助率の目安 | 2/3程度 |
| 申請タイミングの条件 | 仲介会社・FAと契約する前に申請し、交付決定後に契約・クロージングを行う必要あり(詳細は後述) |
⚠️ 仲介・FA費用には「登録制度」の条件あり
仲介手数料・FA報酬が補助対象になるのは、経済産業省の「M&A支援機関登録制度」に登録された仲介会社またはFAへの支払いに限られます。M&Aを依頼する先が登録されているかどうか、必ず事前に確認してください。
▶ 登録業者検索:ma-shienkikan.go.jp
PMI推進枠(専門家活用類型)
M&Aクロージング後の経営統合(PMI:Post Merger Integration)を専門家に依頼する際の費用を補助する枠です。組織・業務・人事などの統合を支援する専門家への委託費用が対象になります。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 主な対象費用※ | ◼ 統合計画、100日プランの策定 ◼ 中期経営計画、事業計画等の修正 ◼ 定款・登記変更 ◼ 人事・給与に係る各種規定・制度の見直し ◼ 年金制度の見直し ◼ 人材配置の最適化検討 ◼ 会計処理方針の統一、連結決算作成対応 など |
| 補助上限額の目安 | 150万円程度 |
| 補助率の目安 | 1/2程度 |
| 申請タイミングの条件 | 単独申請の場合は最終契約締結後~クロージングから一年以内。同時申請の場合はM&A専門家契約締結前 |
※PMI推進枠では、説明会の開催や個別面談の実施、主要な取引先への対応(M&A に関する説明、継続的なコミュニケーション)、主要な取引先以外への対応(M&A に関する説明、継続的なコミュニケーション)等、信頼関係構築に関わる専門家支援は補助対象外です。
同じ公募で両方申請できる
「専門家活用枠」と「PMI推進枠」は、同一の公募回に同時申請することができます。それぞれ別の補助金として上限額が計算されるため、うまく組み合わせると実質的な費用負担を大幅に軽減できます。
2枠同時申請の費用削減イメージ
以下はあくまで制度の仕組みを理解するための試算例です(実際の数値は公募要領でご確認ください)。
| 費用の種類 | 支出額(例) | 補助額(例) | 自己負担(例) |
|---|---|---|---|
| 仲介会社への成功報酬 (専門家活用枠で申請) | 900万円 | 600万円 (2/3・上限600万円) | 300万円 |
| PMI支援の専門家費用 (PMI推進枠で申請) | 300万円 | 150万円 (1/2・上限150万円) | 150万円 |
| 合計 | 1,200万円 | 750万円 | 450万円 |
補助なしの場合と比べて750万円の費用削減になる計算です。ただし、この試算はあくまでも参考値です。また、この2枠を同時に活用するためには、後述するタイミングの条件を満たす必要があります。
専門家活用枠では、デューデリジェンス(DD)費用も補助対象です。DD費用を含めて申請すると補助上限額が引き上げられる公募回もあります。最新の公募要領で確認しましょう。
申請できるタイミング――ここが最重要
この補助金を活用するうえで、最も重要なのが「申請の順番」です。特に専門家活用枠(買い手支援類型)には、一度でも順番を間違えると取り返しのつかない厳しい条件があります。
専門家活用枠を使う場合の必須の順番
⚠️【最重要】専門家活用枠は、交付決定後に仲介契約・クロージングを行うことが必須です
専門家活用枠(買い手支援類型)で仲介手数料・FA報酬の補助を受けるためには、次の順番を厳守する必要があります。
① 公募申請(仲介会社・FAとはまだ未契約の状態)
② 採択
③ 交付決定
④ 仲介会社・FAと正式契約
⑤ M&Aのクロージング
⑥ PMI支援開始
④の仲介契約を③の交付決定より前に結んでしまうと、補助対象外になります。「補助金を使いたいから、まず申請してから仲介会社と契約を進める」という意識で動くことが鉄則です。
M&Aのフェーズ別・2枠の申請可否
| M&Aの進捗フェーズ | 専門家活用枠 | PMI推進枠 (単独申請) | ポイント・注意点 |
|---|---|---|---|
| ① M&Aを検討中 (仲介会社と未契約) | ◎ 申請可 | ◎ 申請可 | 2枠を同時申請できる唯一のタイミング。交付決定が出るまで仲介契約・クロージングを待つ必要がある。gBizIDの取得を今すぐ開始する |
| ② 仲介・FA契約締結後 (交渉・DD中) | ✕ 申請不可 | ◎ 申請可 | 仲介契約済みのため専門家活用枠は申請不可。PMI推進枠の単独申請は可能 |
| ③ クロージング完了直後 | ✕ 申請不可 | ◎ 申請しやすい | PMI推進枠の申請に最も適したタイミング。「クロージングから1年以内」の要件に余裕がある今が好機 |
| ④ クロージングから 1年近く経過 | ✕ 申請不可 | △ 要確認 | PMI推進枠の「クロージングから1年以内」の要件に引っかからないか確認が必要 |
PMI推進枠(単独申請)の場合の条件
仲介会社・FAとすでに契約を結んでいる場合や、クロージングが済んでいる場合でも、PMI推進枠への単独申請は可能です。ただし次の点に注意が必要です。
- クロージングから一定期間以内(通常1年以内)という要件があるため、クロージング後は早めに申請を検討する
- クロージング前の申請の場合は、交付申請時点でクロージングが完了している必要がある
- PMI支援の専門家との業務委託契約・費用の支払いは、交付決定後でなければならない。クロージング後にすぐPMI支援を開始したい場合は、補助金なしで先行するか、交付決定を待ってから正式に開始するかを検討する
補助金の申請はインターネット(jGrantsというシステム)で行います。そのために必要な「gBizIDプライム」というIDの取得に、郵送手続きの場合最大1週間程度かかります。M&Aを検討しはじめた段階で、早めに取得手続きを始めることをおすすめします。
▶ gBizID取得:gbiz-id.go.jp
必ず知っておきたい注意点
交付決定の前に行った契約・支払いは補助されない
【最重要】交付決定前に締結した契約・支払った費用は補助対象になりません
補助金の対象になるのは、採択→交付決定の後に締結した契約に基づく費用です。「採択されたから過去の費用も戻ってくる」という理解は誤りですのでご注意ください。
専門家活用枠:仲介会社・FAとの正式な契約締結もクロージングも、交付決定後でなければなりません。採択から交付決定が出るまでの間(2ヶ月程度)、M&Aの手続きをいったん止めて待つ必要があります。補助金の活用を前提にしてM&Aを進める場合は、仲介会社との間で「交付決定後に正式契約する」という点をあらかじめ合意しておくことが不可欠です。
M&Aプロセスが進んでいる中、意図的に専門家契約を遅らせることは認められていませんので、ご注意ください。
PMI推進枠:PMI支援の専門家との業務委託契約・費用の支払いは、必ず交付決定日以降に行ってください。
補助金は「後払い」制度
補助金はいったん全額を自己資金で立て替えて支払い、実績報告後に補助額が振り込まれる「後払い」の仕組みです。採択から入金まで数ヶ月かかることもあるため、資金繰りの計画もあわせてご確認ください。
▶ 補助金の資金繰りについては「補助金採択後の「資金繰り」を見落とすな」もあわせてご覧ください。
さらに先を見据えた活用も:PMI推進枠「事業統合投資類型」
ここまでご紹介してきた「PMI推進枠(専門家活用類型)」はPMI支援の専門家費用が対象ですが、PMI推進枠にはもう一つ、「事業統合投資類型」という枠も用意されています。
こちらはM&A後に行う設備投資やシステム統合にかかる費用が対象で、より大きな補助が期待できます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 対象者 | M&Aクロージング後(通常1〜2年以内)に設備・システム統合を行う買い手企業 |
| 補助上限額の目安 | 800万円〜1,000万円(賃上げ要件等による) |
| 補助率の目安 | 1/2程度(中小企業) |
| 補助対象経費の例 | 会計・受発注システムの統一費用、拠点集約に伴う工場・店舗の改修費、生産設備の統合・更新費、業務効率化のためのソフトウェア導入費 |
| 申請タイミング | 専門家活用類型(PMI推進枠)と同一公募回での同時申請は不可。PMI支援で基盤を整えた後、別の公募回で申請する |
まず専門家活用類型でPMIの基盤づくり(方針・計画・人事・業務統合)を行い、PMIが軌道に乗った段階で次の公募回に事業統合投資類型を申請する——これが中小企業のM&A後成長を後押しする、実践的な補助金活用の流れです。ただし、同一公募回での同時申請はできません。PMI支援を進めながら、次回申請に向けた計画を早めに整理しておきましょう。
まとめ:補助金活用のポイントを整理
M&Aで会社を買い取った経営者にとって、仲介手数料とPMI支援費用は大きな負担になりがちです。
しかし、補助金を上手に組み合わせることで、その負担を大幅に軽減できます。さらにPMIが進んだ段階では設備・システム統合への補助も視野に入ります。ポイントを整理します。
- 【最重要・順番厳守】専門家活用枠を使う場合の流れは、公募申請→採択→交付決定→仲介契約→クロージング→PMI支援開始。交付決定前に仲介契約・クロージングをしてしまうと補助対象外になる
- 専門家活用枠とPMI推進枠は同一公募で同時申請が可能。仲介手数料とPMI支援費の両方の負担を大幅に軽減できる可能性がある
- すでに仲介契約を締結している・クロージングが済んでいる場合でも、PMI推進枠への単独申請は可能(クロージングから1年以内が要件)
- 仲介手数料が補助対象になるのは、M&A支援機関登録制度の登録業者への支払いのみ
- 補助金は後払い制度。全額を一度立て替えてから、実績報告後に補助額が振り込まれる
- PMIが進んだ段階では、設備・システム統合に使える「事業統合投資類型」を別の公募回で申請できる
当事務所の支援スタンスについて
当事務所では、補助金はあくまで「事業のなりたい姿を実現するためのサポートツール」と位置づけています。「補助金があるから申請する」ではなく、「M&A後の経営統合を着実に進めるために補助金を活用する」という順番を大切にしています。
「まさに今M&Aを検討しており、仲介会社と契約する前に補助金も活用したい」という方は、タイミングを逃さないためにもぜひ早めにご相談ください。状況に応じた最適な活用方法をご提案します。
よくある質問(FAQ)
- Q事業承継・M&A補助金の「専門家活用枠」と「PMI推進枠」は同時に申請できますか?
- A
はい、同一の公募回に同時申請が可能です。ただし、同時申請で専門家活用枠を活用するには、公募申請→採択→交付決定→仲介契約→クロージング、という順番を厳守する必要があります。交付決定前に仲介会社と契約を結んでしまうと専門家活用枠が補助対象外になりますので、仲介会社探しの段階で早めに申請準備を始めることが重要です。
- Q仲介会社と契約した後でも使える枠はありますか?
- A
はい、「PMI推進枠(専門家活用類型)」への単独申請は、仲介会社・FAと契約した後でも可能です。ただし専門家活用枠(買い手支援類型)への申請はできなくなります。また、クロージングから一定期間以内(通常1年以内)という要件もありますので、クロージング後はできるだけ早めにご検討ください。
- Q補助金は採択されれば、すでに支払った費用も戻ってきますか?
- A
戻りません。補助金の対象になるのは、採択後の交付決定を受けてから締結した契約に基づく費用です。採択・交付決定前に支払った費用は補助対象外となりますのでご注意ください。
- QgBizIDプライムとは何ですか?どこで取得できますか?
- A
gBizIDプライムは、国の補助金申請システム(jGrants)を使用するために必要なアカウントです。デジタル庁のgBizIDサイトから取得手続きができますが、郵送手続きの場合は審査・発行まで1週間かかります。M&Aを検討しはじめた早い段階で取得手続きを始めることをおすすめします。
- QPMIとは何ですか?
- A
PMIとは「Post Merger Integration(ポスト・マージャー・インテグレーション)」の略で、M&A成立後の経営統合プロセスのことです。組織・人事・業務フロー・システム・企業文化など、買い手・売り手の会社を一つにまとめていく取り組みを指します。M&A後の事業成長を左右する重要なプロセスです。▶ PMIの詳細解説はこちら
本記事の内容は執筆時点の制度・情報に基づいています。
補助金の内容・スケジュール・要件は公募回ごとに変更されます。申請前に必ず公式の公募要領および専門家にご確認ください。
参考:事業承継・M&A補助金公式サイト/M&A支援機関登録制度
