「そろそろ事業承継のことを考えないと」——そう感じながらも、何から始めればいいのかわからない。多くの経営者がこの状態のまま、日々の業務に追われて時間だけが過ぎています。

中小企業白書によれば、中小企業の経営者年齢は依然として高い水準にあり、60歳以上の経営者が過半数を占めています。
一方で、事業承継の準備には一般的に5年から10年はかかるとされており、「まだ先のこと」と思っているうちに準備が間に合わなくなるケースは少なくありません。

本記事では、事業承継の準備として最初に整理しておくべきことと、「後継者に引き継げる会社」にするために必要な視点をお伝えします。
事業承継は特別なイベントではなく、今の経営をより良くする取り組みの延長線上にあるものです。

事業承継は「誰に渡すか」の前に「何を渡すか」を整理する

事業承継というと、多くの方が「後継者は誰にするか」をまず考えます。
親族か、社内の役員か、それとも第三者かは、確かに大切な問題です。
しかし、後継者を決める前に整理しておくべきことがあります。
それは、「自分の会社には、何を引き継ぐべきものがあるのか」を明らかにすることです。

会社の「見える資産」と「見えない資産」

事業承継で引き継ぐものは、大きく3つに分けられます。

1つ目は「人」(経営そのもの)です。
経営権の移転だけでなく、経営理念や企業文化、意思決定の考え方なども含まれます。

2つ目は「資産」です。
自社株式、設備や不動産などの事業用資産、現預金や借入金といった財務面のものがここに該当します。
これらは帳簿や登記簿に載っている「見える資産」です。

3つ目は「知的資産」です。
長年の取引先との信頼関係、社長の頭の中にある営業ノウハウや技術的な判断基準、従業員のスキルやチームワーク、地域での評判やブランド力など。
こうした「見えない資産」は帳簿には載りませんが、会社の価値の大部分を占めていることも珍しくありません。

多くの中小企業では、「見える資産」の把握はある程度できていても、「見えない資産」が社長個人に紐づいたまま整理されていないことが課題になっています。

後継者に引き継げる状態とは何か

「引き継げる会社」とは、社長が代わっても事業が回り続ける状態の会社です。
もう少し具体的に言えば、以下のような状態を指します。

まず、会社の現状が数字で把握できていること。
次に、日々の業務が特定の個人に依存せず、仕組みとして回っていること。
そして、取引先や金融機関との関係が社長個人ではなく会社として維持できていること。

こうした状態をつくることは、事業承継のためだけでなく、今の経営をより強くすることにも直結します。事業承継の準備は、実は「経営力の強化」そのものなのです。

承継準備で最初に取り組むべき3つのこと

事業承継の準備として「何から手をつければいいのか」。
この問いに対して、最初に取り組んでいただきたいことを3つに絞ってお伝えします。

1. 経営の現状を数字で把握する

最初に取り組むべきは、自社の経営状態を数字で正確に把握することです。

「うちの会社の財務状況はだいたいわかっている」と思っている経営者の方は多いのですが、実際に詳しくお話を伺うと、決算書の細かい中身まで把握されていないケースは珍しくありません。
資金繰りを社長の感覚で管理していたり、利益の正確な内訳を把握していなかったり、ということがよくあります。

後継者に引き継ぐためには、少なくとも以下の点は整理しておく必要があります。

財務面では、直近3〜5年の売上・利益の推移、借入金の状況と返済計画、資金繰りの実態、そして自社株式の評価額の概算です。

事業面では、主要な取引先と売上構成比、主力の商品・サービスとその利益率、固定費の内訳と削減余地です。

これらの数字は、後継者が「この会社を引き継ぐべきかどうか」を判断するための基礎情報でもあります。数字が不透明な会社は、誰も引き継ぎたいとは思えません。

2. 社長の頭の中にある「暗黙知」を言語化する

中小企業の多くで起きていることですが、会社にとって本当に重要な知識や判断基準が、社長の頭の中にだけ存在しているということがあります。

たとえば、「この取引先にはこういう対応をすると話がまとまりやすい」「この工程では○○のタイミングで品質チェックをしないと不具合が出る」「クレームが来たらまずこの順番で対応する」。
こうした知識は、社長が長年の経験で身につけたものですが、文書やマニュアルとして残っていないことがほとんどです。

これらの「暗黙知」は、事業の継続性にとって非常に大きな意味を持ちます。
社長が急に倒れた場合、これらの知識がすべて失われてしまうリスクがあるのです。

すべてを一度にマニュアル化する必要はありません。
まずは「自分がいなくなったら困ること」をリストアップすることから始めてみてください。
そのリストこそが、言語化すべき暗黙知の一覧表になります。

3. 取引先・金融機関との関係性を整理する

中小企業の場合、取引先や金融機関との関係が「社長個人の人間関係」に強く依存していることがあります。
社長が替わった途端に取引条件が変わったり、融資の姿勢が変わったりするリスクがあるのです。

これを防ぐためには、社長以外の役員や幹部社員にも、主要な取引先や金融機関との接点を持たせておくことが大切です。
急に変える必要はありませんが、「社長がいなくても関係が維持できる状態」を少しずつつくっていくことが、承継準備の一つになります。

金融機関に対しては、経営状況を定期的に報告し、会社としての信頼関係を構築しておくことが重要です。これは事業承継の場面に限らず、融資交渉や経営改善においても大きな効果を発揮します。

承継をきっかけに会社を強くする視点

事業承継というと、「守り」のイメージを持つ方もいるかもしれません。
しかし、承継の準備は、会社を「次のステージ」に進める絶好の機会でもあります。

事業承継は「守り」ではなく「未来への投資」

後継者に引き継ぐにあたって、「今のままの会社を渡す」だけでは不十分な場合があります。
市場環境は常に変化しており、5年後、10年後に同じやり方で事業を続けていけるとは限りません。

事業承継を考えるタイミングは、むしろ「会社の未来を再設計する」チャンスです。
今のビジネスモデルを見直す、老朽化した設備を更新する、新しい市場に目を向ける。
こうした前向きな取り組みを、承継の計画と一緒に進めることで、後継者にとって「引き継ぎたい」と思える会社にすることができます。

設備投資やDX推進を承継計画に組み込む

事業承継の準備期間は、設備投資やデジタル化を進める良いタイミングでもあります。

たとえば、老朽化した設備を現経営者の代で更新しておけば、後継者は新しい設備を使って事業に集中できます。
また、紙やExcelで管理していた業務をデジタル化しておけば、業務の属人化が解消され、後継者への引き継ぎもスムーズになります。

こうした投資は、事業承継のためだけでなく、現在の事業の生産性向上やコスト削減にもつながります。「今の経営にもプラスになり、承継の準備にもなる」という一石二鳥の取り組みとして位置づけることが大切です。

事業承継を支援する制度を知っておく

事業承継の準備を進める中で、「費用がかかるから」と投資を先送りにしてしまう経営者は少なくありません。しかし、事業承継をきっかけとした経営革新や投資を支援する公的制度は複数存在します。

事業承継・M&A補助金の考え方

事業承継・M&A補助金は、事業承継やM&Aを契機として経営革新に取り組む中小企業を支援する制度です。
親族内承継・従業員承継・M&Aのいずれの形態でも対象になり得ます。

ここで大切なのは、補助金ありきで承継計画を考えるのではなく、まず「会社をどうしていきたいか」を明確にしたうえで、その実現を支援する制度として補助金を活用するという順番です。
補助金に合わせて計画を変えるのではなく、自社の計画に合う制度を探す。
この順番を間違えると、承継後に事業がうまく回らなくなるリスクがあります。

また、事業承継に関連して活用できる制度は補助金だけではありません。
事業承継税制による贈与税・相続税の納税猶予、日本政策金融公庫の事業承継関連融資、事業承継・引継ぎ支援センターでの無料相談など、さまざまな選択肢があります。
自社の状況に合った制度を知ることが、承継準備を前に進める大きな力になります。

専門家への相談で選択肢が広がる

事業承継は、経営・財務・法務・税務など多方面にわたる知識が必要になるテーマです。
すべてを経営者一人で判断するのは難しく、また、その必要もありません。

中小企業診断士、税理士、弁護士、事業承継・引継ぎ支援センターのコーディネーターなど、それぞれの専門家が持つ知見を活かすことで、経営者が「一人で抱え込む」状態から抜け出すことができます。

特に、事業承継の準備段階では「何が課題なのか」すら見えていないことがあります。
専門家に相談する最大のメリットは、解決策を教えてもらうことだけでなく、「整理すべき課題を明らかにしてもらえる」ことにあるのです。

まずは、各都道府県に設置されている事業承継・引継ぎ支援センターに相談してみることをお勧めします。こちらは公的な機関であり、無料で相談ができます。

事業承継を考え始めたら確認したいチェックリスト

最後に、事業承継を考え始めた段階で確認しておきたいポイントをチェックリストとしてまとめます。
すべてに「はい」と答えられる必要はありません。
「いいえ」が多い項目ほど、優先的に取り組むべきテーマです。

【経営の見える化】

□ 直近3年分の決算書の内容を自分の言葉で説明できる
□ 資金繰りの状況を数字で把握している
□ 借入金の返済計画を整理している
□ 自社株式の評価額の概算を把握している

【暗黙知の整理】

□ 自分がいなくなったら業務上困ることをリストアップしている
□ 主要な業務の手順やノウハウを文書化し始めている
□ 重要な判断基準(仕入先の選び方、価格設定の考え方など)を記録している

【対外関係の整備】

□ 主要な取引先との関係に自分以外の社員も関わっている
□ 金融機関に対して定期的な経営報告を行っている
□ 顧問税理士や社労士との契約内容を整理している

【将来の方向性】

□ 会社の3〜5年後の姿をイメージできている
□ 後継者候補(親族・社内・第三者)について考え始めている
□ 事業承継について相談できる専門家を把握している

まとめ ― 承継準備は「今の経営」を見つめ直すこと

事業承継の準備は、「引退に向けた手続き」ではありません。
自社の現状を整理し、強みと課題を見える化し、将来に向けた方向性を考える。
それは、今の経営をより良くするプロセスそのものです。

「何から始めればいいかわからない」という方は、まず本記事で紹介した3つのこと、すなわち「経営の現状を数字で把握する」「暗黙知を言語化する」「対外的な関係性を整理する」から取り組んでみてください。

事業承継は、早く準備を始めた会社ほど選択肢が多くなります。
そして、選択肢が多いほど、経営者にとっても後継者にとっても、納得のいく承継が実現しやすくなります。

「まだ先のこと」と思わず、今日から少しずつ準備を始めてみてはいかがでしょうか。

よくある質問(FAQ)

Q
事業承継の準備はいつから始めるべきですか?
A

一般的には、承継を実行したい時期の5〜10年前から準備を始めることが望ましいとされています。ただし、「準備」とは大がかりなことではなく、まずは経営の現状を整理するところからで十分です。早く始めるほど選択肢が広がるため、「考え始めたとき」が準備を始める最適なタイミングです。

Q
後継者がまだ決まっていなくても準備は必要ですか?
A

必要です。むしろ、後継者が決まっていない段階でこそ、「引き継げる会社」の状態をつくっておくことが大切です。経営の見える化や業務の仕組み化が進んでいれば、親族内承継・従業員承継・M&Aのいずれの選択肢にも対応しやすくなります。

Q
事業承継に使える補助金はありますか?
A

事業承継やM&Aを契機とした経営革新を支援する「事業承継・M&A補助金」があります。また、承継に伴う設備投資には、ものづくり補助金や小規模事業者持続化補助金が活用できる場合もあります。ただし、補助金の公募時期や要件は変更されることがあるため、最新情報はミラサポplus等で確認されることをお勧めします。

Q
事業承継についてまず誰に相談すればいいですか?
A

各都道府県に設置されている「事業承継・引継ぎ支援センター」は公的な機関であり、無料で相談ができます。承継の方向性がまだ定まっていない段階でも相談できるため、まずはこちらに問い合わせてみることをお勧めします。そのうえで、必要に応じて中小企業診断士、税理士、弁護士などの専門家につないでもらうことも可能です。