中小企業経営強化税制では、従来、機械装置やソフトウェアなどが即時償却や税額控除の対象でしたが、「建物」は対象外でした。
しかし、令和7年度(2025年度)の税制改正により、売上高100億円超を目指す中小企業に限って、建物およびその附属設備が新たに対象設備に追加される拡充措置が創設されました。
この拡充措置は、経済産業省が推進する「100億宣言」と深く連動しています。
工場の新設、店舗の新増設など、建物を伴う大型投資を検討している成長志向の中小企業にとっては、大きなインパクトのある制度です。
本記事では、この拡充措置の概要、要件、注意点、そして活用にあたっての考え方をわかりやすく解説します。
そもそも「100億宣言」とは何か
国が成長中小企業の創出を後押しする取り組み
「100億宣言」とは、中小企業が「売上高100億円超」という野心的な目標を掲げ、飛躍的な成長に向けた取り組みを行うことを宣言する制度です。経済産業省が2025年初頭から推進しています。
現在、売上高100億円を超える中小企業(「100億企業」)は全国で約4,500者程度とされています。
経済産業省は、こうした企業が地域経済の好循環を先導する存在だと位置づけ、各地域での成長中小企業の創出を目指しています。
100億宣言を行うことで得られるもの
100億宣言を行った企業は、以下のような支援やメリットを受けられます。
| メリット | 内容 |
|---|---|
| 税制優遇の拡充措置 | 中小企業経営強化税制で「建物」が対象設備に追加 |
| 中小企業成長加速化補助金 | 100億宣言が基本要件となる補助金への申請が可能に |
| 経営者ネットワーク | 成長を目指す経営者が地域・業種を超えてつながれるネットワークへの参加 |
| ロゴマークの活用 | 100億宣言の公式ロゴマークを使ったPRが可能 |
本記事で解説するのは、このうちの税制優遇の拡充措置です。
拡充措置(E類型)の概要 ― 何が変わったのか
建物が税制優遇の対象に加わった意味
従来の中小企業経営強化税制では、対象設備は機械装置、器具備品、建物附属設備、ソフトウェアに限られており、建物本体は対象外でした。
工場の建設費や店舗の建築費は、減価償却で何十年もかけて費用化するのが通常のルールです。
今回の拡充措置では、売上高100億円超を目指す投資計画を策定し、一定の要件を満たすことで、建物およびその附属設備(取得価額の合計1,000万円以上)が税制優遇の対象に追加されました。
ただし、後述するとおり、建物に対する優遇措置の内容は通常の即時償却・税額控除とは異なります。
既存のA〜D類型との違い
| 類型 | 対象設備 | 優遇措置 |
|---|---|---|
| A類型(生産性向上設備) | 機械装置、器具備品、建物附属設備、ソフトウェア | 即時償却 or 税額控除10%(7%) |
| B類型(収益力強化設備) | 同上 | 即時償却 or 税額控除10%(7%) |
| D類型(経営資源集約化設備) | 同上 | 即時償却 or 税額控除10%(7%) |
| E類型(経営規模拡大設備) | 上記 + 建物・建物附属設備 | 機械等は即時償却 or 税額控除。建物は特別償却 or 税額控除(率は給与増加割合に連動) |
拡充措置の要件 ― どんな企業が対象になるのか
経営規模拡大要件
拡充措置を利用するためには、通常の中小企業経営強化税制の要件に加えて、以下の「経営規模拡大要件」を満たす必要があります。
| 要件 | 内容 |
|---|---|
| 売上基準 | 基準事業年度(申請直前の事業年度)の売上高が10億円超90億円未満であること |
| 成長目標 | 売上高100億円超および年平均10%以上の売上高成長率を目指す投資計画であること |
| 基盤要件 | 売上高100億円超を目指すための事業基盤、財務基盤、組織基盤が整っていること |
| 投資規模 | 認定から2年以内に導入する設備の取得価額の合計が、1億円と基準事業年度の売上高の5%相当額とのいずれか高い金額以上であること |
| 投資利益率 | 年平均の投資利益率が7%以上であること |
要件にある「売上高10億円超90億円未満」という基準は、中小企業の中でもかなり規模の大きい企業を対象としています。売上高が10億円以下の企業や、90億円以上の企業はこの拡充措置の対象になりません。
設備投資に関する条件
建物が対象に追加されるとはいえ、あらゆる建物が無条件で認められるわけではありません。
導入する設備(建物を含む)が売上高の増加に貢献するものであること、そしてロードマップ(売上高100億円超の達成に向けた計画)の作成が求められます。
たとえば、工場のラインを増設するための建物、新たな店舗の新設、生産性向上に伴う施設の建て替えなど、事業の成長に直結する建物投資が想定されています。
建物に対する税制優遇措置の内容
機械装置等と建物で優遇内容が異なる
E類型で取得する設備のうち、機械装置等(建物以外)については通常のA〜D類型と同様に即時償却または税額控除10%(7%)が適用されます。
しかし、建物およびその附属設備については、優遇措置の内容が異なり、かつ給与増加割合によって適用される率が変わります。
| 給与増加割合 | 特別償却 | 税額控除 |
|---|---|---|
| 前年度末比2.5%以上増加 | 取得価額の15% | 取得価額の1% |
| 前年度末比5%以上増加 | 取得価額の25% | 取得価額の2% |
| 2.5%未満 | 適用なし(建物に対する特別償却・税額控除は受けられない) | |
建物については、A類型等のような「即時償却(100%)」は適用されません。
特別償却の場合でも最大25%にとどまります。また、給与の増加割合が2.5%未満の場合は、建物に対する税制優遇そのものが受けられない点に注意が必要です。
これは、国の政策として「成長と賃上げを一体で実現する」という方向性が反映されたものです。
具体的な効果のイメージ
たとえば、工場の新設に3億円を投資し、同事業年度の給与支給総額が前年度比5%以上増加している場合を考えます。
建物本体の取得価額が2億円であれば、特別償却を選択した場合は2億円 × 25% = 5,000万円を通常の減価償却に加えて追加で償却できます。
税額控除を選択した場合は2億円 × 2% = 400万円を法人税額から直接控除できます。
建物の耐用年数が長い(鉄骨造の工場で約30年等)ことを考えると、初年度に大きな償却ができること自体に意味がありますが、A類型等の即時償却(100%)と比べると控えめな水準です。
拡充措置を検討する際の注意点
計画期間中の他の税制措置との併用制限
E類型の拡充措置を適用する場合、計画期間中は「中小企業投資促進税制」および「少額減価償却資産の取得価額の損金算入の特例(30万円未満の固定資産を一括経費化する特例)」の適用ができなくなります。
特に少額減価償却資産の特例は多くの中小企業が日常的に活用しているものですので、E類型を選択する場合は、計画期間中のトータルでの税メリットを比較検討する必要があります。
対象企業が限定的である
前述のとおり、売上高10億円超90億円未満という要件は、中小企業の中でも比較的規模の大きい企業に限られます。
多くの中小企業や小規模事業者にとっては現時点では縁が薄い制度ですが、今後の税制改正で対象が広がる可能性もありますので、制度の動向は注視しておく価値があります。
設備投資の判断は税制ありきにしない
建物を含む大型投資は、会社の将来を大きく左右する経営判断です。
税制優遇があるから投資するのではなく、事業の成長に本当に必要な投資かどうかを見極めたうえで、その支援として税制を活用するという順番を大切にしていただきたいと思います。
当事務所では、「補助金ありき」「税制ありき」の支援は行っていません。
経営力向上計画も、なりたい姿を実現するためのサポートツールの一つとして位置づけています。
よくある質問(FAQ)
- Q100億宣言はどこで行うのですか?
- A
経済産業省が用意する所定の手続きにより宣言を行います。詳細は中小企業庁のウェブサイトでご確認ください。100億宣言を行うこと自体に費用はかかりません。
- Q売上高が10億円以下の会社でも建物の税制優遇は受けられますか?
- A
現行の制度では、E類型の拡充措置は売上高10億円超90億円未満の企業が対象です。売上高10億円以下の企業の場合、建物本体は中小企業経営強化税制の対象外となります。ただし、建物附属設備(60万円以上)はA類型やB類型で対象となる場合があります。
- Q中小企業成長加速化補助金と併用できますか?
- A
中小企業成長加速化補助金は100億宣言が基本要件となる補助金です。補助金と税制優遇は異なる制度ですので、要件を満たせば併用が可能です。ただし、補助金で取得した設備に対する税制優遇の扱いには注意が必要ですので、税理士にご確認ください。
- Q適用期限はいつまでですか?
- A
中小企業経営強化税制全体の適用期限は、令和9年(2027年)3月31日までです。設備を取得し事業の用に供する期限ですので、計画の策定・認定取得には十分な余裕を持って取り組む必要があります。
まとめ ― 「成長のための投資」に税制をどう活かすか
令和7年度の税制改正により、売上高100億円超を目指す中小企業は、建物を含む大型設備投資で税制優遇を受けられるようになりました。
これは、成長志向の中小企業にとって追い風となる制度です。
一方で、対象企業の売上基準、給与増加割合の条件、他の税制特例との併用制限など、慎重に検討すべきポイントも多い制度です。
制度を正しく理解し、自社の成長戦略と照らし合わせたうえで、活用を判断することが大切です。
投資判断に迷われたときは、ぜひ専門家にご相談ください。当事務所では、経営力向上計画の策定支援を行っています。
- 経営力向上計画の制度全体を知りたい方 → 「経営力向上計画とは?中小企業が認定を受ける5つのメリット」(シリーズ第1回)
- A類型・B類型・D類型の即時償却・税額控除の詳細 → 「経営力向上計画で設備投資の税負担を軽くする方法」(シリーズ第2回)
- 経営力向上計画の書き方と申請手続き → 「経営力向上計画の書き方と申請の流れ」(シリーズ第4回)
