第7回の記事では、PMIの中で最も時間がかかる「人材マネジメントと組織文化の融合」をお伝えしました。
今回は、それと並行して進めるべき実務的な課題として、財務と業務プロセスの統合を詳しく解説します。

人と文化の統合が「組織の土台づくり」だとすれば、財務と業務の統合は「経営の骨格づくり」です。
数字が見えなければ正確な経営判断ができません。
業務が整理されていなければ、どれだけ優秀な人材がいても組織は効率よく動きません。
この2つを早期に整えることが、PMI成功の実務的な核心です。

この記事のポイント
  • 承継直後の財務面の最優先課題は「資金繰りの全体像を把握すること」です
  • 資金繰り表は少なくとも6か月先、できれば1年先まで作成することが目安です
  • 財務データは社長だけが持つのではなく、幹部と共有することで組織全体の財務意識が高まります
  • 業務統合の出発点は「業務フローの棚卸し」——見えていない非効率と属人化を洗い出すことです
  • システムの統合は「一気に変える」ではなく「並行稼働を経て段階的に移行する」が中小企業に適した進め方です

なぜ財務・業務の統合がPMIで重要なのか

事業承継やM&A後に経営が不安定になる原因を突き詰めると、多くの場合「数字が見えない」「業務が回らない」という2点に行き着きます。

財務面の不透明さが引き起こすリスク

中小企業では、経営者本人が頭の中で資金繰りを管理しているケースが非常に多くあります。
「いつ、いくら入ってきて、いつ、いくら出ていくか」を前経営者だけが把握しており、書面として残っていない状態です。

この状態で経営者が交代すると、新経営者は財務の全体像が見えないまま経営を始めることになります。
そして気づかないうちに「来月末に資金が不足する」という事態になっても、事前に手が打てません。

財務の不透明さは、金融機関からの信頼にも影響します。
「新しい経営者は会社の財務をきちんと把握しているか」という視点で、銀行は承継後の経営者を見ています。
資金繰りを把握していない経営者との取引は、金融機関にとってもリスクです。

業務面の混乱が引き起こすリスク

経営者が交代すると、前経営者が口頭で行っていた指示・判断・調整が突然なくなります。
「これはどうすればいいのか」「誰に確認すればいいのか」が不明確になり、現場が止まります。

また、「前のやり方」と「新経営者のやり方」が混在すると、二重作業や確認ミスが増え、余計な仕事が発生します。
承継後に業績が一時的に落ちる会社の多くは、このような業務の混乱が原因のひとつです。

PMI初期の重点課題は財務と業務の安定化にある。これが中小PMIガイドラインの考え方でもあります。

財務統合の具体的手順

手順①:現状把握――財務の「全体像」をつかむ

財務統合の出発点は、会社の財務状況を正確に把握することです。
新経営者が最初の1か月以内に確認すべき主な項目は次のとおりです。

資金面の確認事項

  • 銀行口座の残高(どの口座に、いくらあるか)
  • 借入残高と返済スケジュール(いつ、いくら返済があるか)
  • 売掛金の残高と回収時期(いつ、いくら入金されるか)
  • 買掛金の残高と支払時期(いつ、いくら支払いがあるか)
  • 固定費の内訳(毎月必ず出ていくコストはいくらか)

損益面の確認事項

  • 直近1〜2年の月別売上・原価・利益の推移
  • 主要顧客・主要商品の売上構成比
  • 季節変動の有無(繁閑の波がどのくらいあるか)

これらを顧問税理士と一緒に確認することをお勧めします。
税理士は財務の全体像を把握しており、新経営者が最短で現状を理解するための最良のパートナーです。

手順②:資金繰り表の作成――「未来の資金」を見える化する

現状把握ができたら、次に「これからの資金の流れ」を見える化する資金繰り表を作成します。

資金繰り表とは、毎月の入金と出金を一覧にし、月末残高の見通しを示した表です。
「いつ、いくら不足しそうか」が事前にわかることで、早めに対策を打てます。

作成の目安

  • 最低でも6か月先、できれば12か月先まで作成する
  • 毎月更新し、実績と見通しを比較しながら精度を高める
  • Excelで十分。難しく考えず、まず「月ごとの入金合計・出金合計・残高」の3列から始める

資金繰り表があると、「この月に設備投資をすると資金が不足する」「この時期に融資を申請しておくべきだ」という経営判断の根拠が明確になります。
補助金の申請タイミングや融資相談のタイミングにも活用できます。

手順③:財務の透明化と幹部への共有

資金繰り表や月次の損益データを、社長だけが把握している状態はリスクです。
「数字は社長だけが見るもの」という意識が強い中小企業も多いですが、幹部や経理担当と共有することには大きなメリットがあります。

  • 幹部が数字を見ながら「このコストを減らせないか」という提案をするようになる
  • 「来月は資金が少ない」という情報を共有することで、全員が費用を慎重に使う意識になる
  • 社員が「会社の経営に参加している」という感覚を持つようになる

最初の共有は「売上・原価・利益・資金残高」の4項目に絞れば十分です。
少しずつ理解が深まったら、共有する情報の範囲を広げていきましょう。

手順④:金融機関との関係再構築

承継後は、金融機関も新経営者の経営能力と財務把握力を評価しています。
この時期に資金繰り表や今後の経営計画を持参して金融機関を訪問することで、「この経営者はしっかりしている」という信頼を早期に構築できます。

特に次のような場面では、金融機関との良好な関係が重要になります。

  • 設備投資のための融資申請
  • 一時的な資金不足への対応(つなぎ融資など)
  • 事業承継・引継ぎ補助金など公的支援の活用

「何か困ってから相談する」ではなく、「定期的に状況を報告する」というスタンスが、長期的な信頼関係の基礎になります。

業務プロセス統合の具体的手順

手順①:業務フローの棚卸し――「見えない仕事」を可視化する

業務統合の出発点は、現在どのように仕事が進んでいるかを「見える化」することです。

代表的な業務フローの例を挙げると、次のようになります。

製造業の例:受注 → 生産計画 → 材料調達 → 製造 → 検査 → 出荷 → 請求 → 入金

小売業の例:仕入発注 → 入荷・検品 → 陳列・在庫管理 → 販売 → 売上集計 → 仕入代金支払

サービス業の例:問い合わせ対応 → 見積作成 → 契約 → サービス提供 → 請求 → 入金

このような流れを図にすることで、次のことが見えてきます。

  • 「このステップは○○さんしかできない」という属人化ポイント
  • 「ここで確認作業が二重になっている」という非効率ポイント
  • 「このステップに明確なルールがない」という曖昧ポイント

棚卸しは完璧を目指す必要はありません。
主要な業務について「誰が・何を・どの順番で・どう判断するか」を簡単にまとめたA4〜A3サイズの図が1枚あれば、十分なスタートになります。

手順②:属人化・二重作業の解消

業務フローを棚卸しすると、ほぼ必ず「特定の人物に依存しすぎている業務」が見つかります。
特に中小企業では「○○さんがいないと何もわからない」という状況が珍しくありません。

属人化が続くと、その人物が休んだり離職したりしたとき、業務が完全に止まります。
また、「自分がいないと回らない」と感じている社員は、かえって業務を手放すことに不安を感じ、属人化をさらに強化してしまうことがあります。

属人化解消のアプローチ

  • 属人化している業務を担当者と一緒に文書化し、「マニュアル化」する
  • 担当者が休んだときのバックアップ担当者を決めておく
  • 段階的に別の担当者にも業務を経験させ、複数人が対応できる状態をつくる

「マニュアルを作る」というと大げさに聞こえますが、最初は「この業務は①→②→③の順にやる」という箇条書きでも十分です。
使いながら更新する前提で、まず「ある状態」をつくることが大切です。

また、承継後によく見られる「旧来のやり方と新しいやり方が併存する二重作業」も早めに解消します。「どちらを正式ルールとするか」を明確に決め、統一することで余分な作業が減ります。

手順③:ITシステムの整理と段階的統合

会計ソフト・販売管理システム・在庫管理ツール・顧客管理システムなど、業務に使うITシステムは会社によって異なります。
M&Aで複数の会社が関わる場合や、前経営者が使っていたシステムを刷新したい場合は、システムの統合・移行が必要になります。

ここで重要なのは、「一気に変えない」ことです。

業務システムを一度に切り替えると、移行直後に現場が混乱します。
特に中小企業では、システムに習熟したIT担当者がいないことが多く、新システムへの切り替えで日常業務が止まるリスクがあります。

システム統合・移行の現実的な進め方

  • まず現在使っているシステムを全てリストアップし、重複や非効率を把握する
  • 「今すぐ変える必要があるもの」「当面は現状維持でよいもの」に分類する
  • 変更するシステムは旧システムと新システムの並行稼働期間を1〜3か月設ける
  • 現場担当者への研修・操作習得の時間を十分に確保する

また、新たにシステムを導入する場合は、クラウドサービスの活用を検討する価値があります。
初期投資が少なく、月額費用で利用でき、端末を選ばずアクセスできるクラウド型の会計ソフト・在庫管理ツールは、中小企業にとって導入しやすい選択肢です。

手順④:定期的な業務レビューの仕組みをつくる

業務プロセスの統合は「一度整えれば終わり」ではありません。
時間が経つと新たな非効率が生まれたり、人員が変わって属人化が再発したりします。

3か月に1回程度、主要な業務フローを振り返り、「今の進め方で問題はないか」「もっと効率化できるところはないか」を確認する定期レビューの仕組みを持つことをお勧めします。

このレビューは、社内だけで行うのが難しければ、中小企業診断士などの専門家に加わってもらい、客観的な視点から改善点を指摘してもらうことも有効です。

業種別の実務工夫例

製造業(従業員15名)の事例

承継後、受注から納品・請求までの業務フローを1枚の図に整理。
確認作業の重複が3か所見つかり、これを排除したことで月あたりの作業時間が約10%削減されました。
また、在庫の記録をExcelからクラウド在庫管理システムに移行し、リアルタイムで在庫を確認できる環境を整備。
欠品・過剰在庫が減少し、仕入れコストが安定しました。

小売業(従業員8名)の事例

承継後、資金繰り表を初めて作成。
季節繁忙期に向けた仕入れ資金が不足する見通しが判明し、3か月前から金融機関と融資相談を始めることができました。
事前に動けたことで、希望どおりの条件での融資が実現。
また、月次の損益を幹部1名と共有したところ、「この商品の原価率が高い」という現場からの指摘が出て、仕入先の見直しにつながりました。

サービス業(従業員12名)の事例

顧客管理が各担当者のノートとExcelに分散していた状態を、クラウドCRM(顧客管理システム)に統合。顧客情報を全員が参照できるようになり、担当者不在時の引き継ぎがスムーズになりました。
また、見積〜請求のフローを文書化し、属人化を解消。新しいスタッフが早期に業務に入れるようになり、採用後の育成コストが下がりました。

PMIチェックリスト(財務・業務統合編)

財務統合

  • 銀行口座の残高・借入残高・売掛金・買掛金を把握したか
  • 資金繰り表を作成し、6か月〜1年先の見通しを立てたか
  • 月次の損益データを定期的に確認できる体制を整えたか
  • 財務データを幹部社員と共有する仕組みをつくったか
  • 金融機関に新体制の経営方針と財務状況を報告したか

業務プロセス統合

  • 主要業務のフローを図にして可視化したか
  • 属人化している業務を特定し、文書化・マニュアル化を始めたか
  • 二重作業・非効率な手順を整理し、正式ルールを決めたか
  • 使用しているITシステムを一覧化し、統合方針を検討したか
  • システム移行が必要な場合、並行稼働期間を設けて段階的に進めているか
  • 定期的な業務レビューの仕組みをつくったか

よくある質問(FAQ)

Q
資金繰り表を作ったことがありません。何から始めればよいですか?
A

まずは顧問税理士に相談することをお勧めします。多くの税理士は資金繰り表の作成をサポートしてくれます。自分で作る場合は、Excelで「月」「入金合計」「出金合計」「月末残高」の4列を作るだけで始められます。完璧な表より、まず「ある状態」をつくることが最初の目標です。

Q
業務フローを可視化しようとしたら、「そんな時間はない」と現場に言われてしまいます。
A

現場が忙しいときは無理に時間を取ろうとするより、「ヒアリング方式」で進めるのが現実的です。担当者に30分ほどインタビューしながらメモを取り、そのメモを図に起こして確認してもらう方法なら、現場の負担を最小限に抑えられます。「業務が止まった後に整理するよりも、今のうちに整理した方がお互い楽になる」という価値を伝えることも重要です。

Q
会計ソフトを新しいものに変えたいのですが、何に気をつければよいですか?
A

最も重要なのは「移行タイミング」と「並行稼働期間」です。決算期の直前・直後の移行は混乱を招きやすいため避けましょう。新システムへの移行は期初(4月や1月など)のタイミングで行い、旧システムと2〜3か月並行して稼働させながら切り替えることをお勧めします。また、移行前に現担当者(経理担当など)が新システムの操作に慣れる研修時間を確保することも重要です。

まとめ

PMIにおける財務・業務プロセス統合は、承継後の経営安定に直結する最重要課題です。

  • 財務統合:資金繰り表の整備と見える化、幹部への共有、金融機関との関係再構築
  • 業務統合:フローの棚卸しと属人化解消、二重作業の排除、システムの段階的統合
  • 継続的なレビュー:定期的に振り返り、改善を積み重ねる仕組みをつくる

これらを計画的に進めることで、短期的な経営の安定と、長期的な成長基盤の確立を同時に実現できます。

次回(第9回:PMIの成果を測る――KPI設定とモニタリングの方法)では、財務・業務の整備が進んだ後に取り組む「成果の見える化」として、KPI設定とモニタリングの具体的な方法を解説します。
「PMIが本当にうまくいっているのか」を数字で確認するための考え方と実践方法をお伝えします。

PMIシリーズの記事一覧

タイトル内容
第1回PMIとは何か?事業承継後の経営統合を担うフェーズPMIの定義・なぜ必要か
第2回なぜ中小企業においてPMIが重要なのか?中小企業特有の課題とPMIの必要性
第3回PMIが失敗する典型的なパターンと回避策失敗パターンと対策
第4回PMI成功のカギは「現場の実践」――中小企業で活かせるヒント現場レベルの成功事例と実践のヒント
第5回PMI成功のカギ――リーダーシップとコミュニケーションの力経営者に求められる姿勢
第6回PMI実施手順――100日プランと成功のポイント具体的な実施ステップ
第7回PMIにおける人材マネジメントと組織文化の融合人材・文化の統合
第8回PMIにおける財務・業務プロセス統合(本記事)財務・業務の実務的統合
第9回PMIの成果を測る――KPI設定とモニタリングの方法成果の見える化と管理
第10回PMIの総括と今後の展望――中小企業における可能性と支援制度の活用シリーズのまとめと支援制度

事業承継・PMIでお困りの方へ

イグナル・コンサルティングでは、M&A・事業承継後のPMI支援を行っています。

当事務所の支援スタンスは、「事業のなりたい姿の実現を最優先に」することです。
「財務の全体像が把握できていない」「業務フローが整理されていない」「何から手をつければよいかわからない」という段階からのご相談も歓迎しています。
補助金(事業承継・M&A補助金など)の活用についても、事業の目的に沿った形でご提案します。

参考資料

  • 中小企業庁「中小PMIガイドライン」(令和4年3月)
  • 中小企業庁「中小PMIハンドブック」
  • 中小企業庁「PMI実践ツール活用ガイドブック」(令和6年3月)