第6回の記事では、PMIの実施手順と最重要期間である「100日プラン」の進め方をお伝えしました。
今回は、100日プランで信頼関係の土台を築いた後の課題として、PMIにおける人材マネジメントと組織文化の融合を深掘りします。
「組織が一つになった」と実感できるまでには、多くの場合1年以上かかります。
そしてPMI全体を振り返ったとき、経営者が「最も難しかった」と口をそろえるのが、この人材・文化の統合です。
数字や仕組みは比較的整えやすいのですが、「人の気持ち」と「組織の文化」はそう簡単には変えられません。
だからこそ、正しい理解と計画的なアプローチが必要です。
- 人材マネジメントと組織文化の融合は、PMIの中で最も時間がかかり、かつ成否への影響が大きい領域です
- 「文化の融合」は「片方の文化に合わせること」ではなく、「新しい共通の文化を育てること」です
- キープレイヤーの特定・育成・定着が、承継後の事業安定の根幹となります
- 人事制度の統合は「一気に変える」より「段階的に整える」アプローチが中小企業に適しています
- 文化の融合は意図的に取り組まなければ進みません。「自然に馴染むだろう」という待ちの姿勢は禁物です
なぜ「人材・文化」の統合がPMIで最も難しいのか
PMIには「経営統合」「業務統合」「人材・文化の融合」という大きく3つの領域があります。
このうち、最も数値化しにくく、成果が見えにくく、時間がかかるのが「人材・文化の融合」です。
財務や業務の統合は、「この書式を使う」「このシステムに移行する」という形で比較的明確に進められます。
しかし人材や文化は、「こうすれば完了」というゴールを定義しにくく、進捗を測ることも難しい。
それでも、この領域を疎かにすると組織は崩れていきます。
人材が定着しなければ、どれだけ優れた業務システムを整えても機能しません。
組織文化がバラバラのまま統合を進めると、制度だけ変わって現場が混乱するという事態になります。
人材・文化の統合は、PMIの「最後の仕上げ」ではなく、100日プランと並行して始めるべき継続的な取り組みです。
人材マネジメントの統合――3つの柱
柱①:キープレイヤーの特定と定着
PMIにおける人材マネジメントの出発点は、キープレイヤーの特定と定着です。
キープレイヤーとは、「この人がいなくなると事業が回らない」という存在です。
長年の顧客との関係を維持している営業担当、特殊な技術や知識を持つ職人や技術者、現場をまとめるリーダー役の中堅社員——業種によって異なりますが、多くの中小企業に必ずいます。
キープレイヤーが承継後に離職すると、事業の根幹が揺らぎます。
ところがキープレイヤーほど他で働ける能力を持っており、「自分はどう扱われるのか」という不安を感じると早期に動き出してしまいます。
キープレイヤー定着のための具体的なアプローチ
早期の個別面談と明確な意思表示
「あなたにはこの会社で引き続き活躍してほしい」という言葉を、できるだけ早期に、直接本人に伝えることが最重要です。
「言わなくても伝わっているはず」は危険な思い込みです。
役割と期待の明確化
「これからどんな役割を担ってほしいか」「どう成長してほしいか」を具体的に伝えます。
曖昧なままにしておくと、「自分はいつまでいるべきか」という不安が消えません。
処遇の方向性を早期に示す
給与・評価・待遇の方向性を可能な限り早く伝えます。
「変わる可能性がある」という場合でも、「いつまでに・どういう方針で決める」というプロセスを共有することが大切です。
柱②:人事制度の整備・統合
中小企業のM&Aで多いのが、「前の会社と制度が全然違う」という状況です。
評価の仕方、昇給の基準、残業代の計算方法、有給の取り方——こうした制度の違いが、承継後に摩擦の種になります。
ただし、「一気に統一する」ことには注意が必要です。
急激な制度変更は、「条件が悪くなった」という不満を生み、離職の引き金になることがあります。
人事制度整備のポイント
まず「差異の把握」から始める
双方の制度の違いを洗い出し、「すぐに統一すべきもの」「時間をかけて整えるもの」「そのまま維持するもの」に分類します。
労働条件は「不利益変更」に要注意
既存の労働条件を下げる変更は、法律上も実務上も難易度が高く、従業員との個別合意や十分な説明が必要です。
専門家(社会保険労務士など)と相談しながら進めることをお勧めします。
評価制度は「透明性」を最優先に
中小企業の評価制度は、前経営者の主観で動いていることが多く、「なぜあの人が評価されるのか」が見えにくい状態が続いているケースがあります。
承継を機に、評価の基準と方法を言語化・透明化することで、社員の納得感が高まります。
段階的に整備する
制度の全面刷新を急ぐより、まず「最低限の統一」を実現し、その後1〜2年かけて理想の制度に近づけていく段階的アプローチが、中小企業には適しています。
柱③:人材育成と次世代リーダーの育成
PMIを経て組織が安定してきたら、次の課題として「次世代リーダーの育成」が浮かび上がってきます。
前経営者が一人でこなしていた役割を、複数の人材に分散させていくことが、組織の持続性を高めます。
特定の人物に依存した組織は、その人が欠けたときにまた不安定になります。
中小企業でできる人材育成のアプローチ
- OJT(仕事を通じた育成):役割を少しずつ広げ、責任ある仕事を任せる
- 定期的な1on1面談:月1回程度、成長の課題と次のチャレンジを一緒に考える
- 外部研修・勉強会への参加:中小企業診断士の研究会・商工会議所の研修など、低コストで活用できる場は多い
- 社内での「教える」機会をつくる:ベテランが若手に教える場を意図的につくることで、双方の成長につながる
組織文化の融合――最も時間がかかる取り組み
「組織文化」とは何か
組織文化とは、その会社に長年積み重なってきた「当たり前」の集合体です。
「何が大事にされているか」「どう動くのが正しいか」「何を言ってはいけないか」——こうした暗黙のルールや価値観の集まりが文化です。
文化は目に見えませんが、あらゆる場面に滲み出ます。
会議の進め方、報連相の仕方、顧客への対応スタイル、残業への姿勢——すべての背後に文化があります。
異なる文化が混在したまま放置されると、「なんかやりにくい」「前の方がよかった」という声が消えず、組織の一体感が生まれません。
文化の融合は「どちらかに合わせること」ではない
よくある誤解は、「買い手側(譲受企業)の文化に合わせてもらう」という発想です。
しかし、この「上書き型」のアプローチは、多くの場合うまくいきません。
「前の会社の方がよかった」という感情は、単なる懐古ではなく、自分が大切にしてきたものを否定された感覚から来ています。
これを力で抑えようとすると、表面上は従うが内心は反発するという状態になります。
文化の融合で目指すべきは「新しい共通の文化を育てること」です。双方の良いところを活かしながら、「この会社ではこうあろう」という新しい価値観を、対話を通じて共に作り上げていくアプローチが、長期的に最も効果的です。
文化融合の3つのステップ
ステップ①:双方の文化を「知る」
融合の前提は、「相手の文化を理解すること」です。
自分が当然と思っていることが相手には当然でなく、相手が大切にしていることを自分が軽く扱っているケースはよくあります。
具体的には、次のような問いを使って双方の文化を言語化します。
- 「この会社が大切にしてきたことは何ですか?」
- 「前の社長(経営者)が最もこだわっていたことは何でしたか?」
- 「お客さんからよく褒められることは何ですか?」
- 「新しい人が来たとき、一番困惑することは何ですか?」
こうした問いに対する答えを集めることで、「見えない文化」が言語化されてきます。
ステップ②:「変えること」と「守ること」を決める
双方の文化を理解した上で、「新しい経営の中で守り続けること」と「変えていくこと」を決めます。
守ることの例:「職人の技術と品質へのこだわり」「顧客への丁寧な対応スタイル」「チームワークを大切にする雰囲気」
変えることの例:「非効率な業務慣行」「意思決定が一人に集中しすぎる構造」「情報共有が少ない文化」
この整理を経営者が一人で決めるのではなく、幹部や現場の声を聞きながら決めることが、文化融合への参加感を生みます。
ステップ③:「新しい文化」を日常に埋め込む
文化は宣言するだけでは変わりません。
日常の行動や仕組みの中に「新しい文化」を埋め込むことで、少しずつ定着していきます。
具体的な取り組みの例として、次のようなものがあります。
- 朝礼・ミーティングでの共有:経営者が「この会社が大切にすること」を繰り返し言葉にする場をつくる
- 行動の承認と称賛:「このチームが目指す姿」に沿った行動をした人を見える形で認める
- 共同作業・イベント:部門を超えた共同作業や懇親の場が、人同士の距離を縮める
- 「なぜ?」を語る習慣:ルールや仕組みの背景にある「なぜそうするのか」を共有することで、表面的な従い方から本質的な理解へと変わっていく
文化融合でよくある「つまずき」とその対処
つまずき①:「自然に馴染むだろう」という待ちの姿勢
文化の融合を「時間が解決する」と考えて放置すると、1年経っても2年経っても「二つの文化が混在したまま」という状態が続きます。
文化融合は意図的に取り組まなければ進みません。
経営者が能動的に「この会社の文化をこう育てたい」という姿勢を持つことが出発点です。
つまずき②:経営者だけが発信して社員が受け身のまま
経営者が「こういう会社にしたい」と一方的に発信しても、社員が「自分は関係ない」と感じると文化は育ちません。
社員自身が「自分たちの文化を作っている」という参加感を持てるように、対話の場・意見を言える仕組みを設けることが大切です。
つまずき③:「古い文化の守護者」が抵抗する
前経営者の時代に長くいたベテラン社員が、変化を拒む「文化の守護者」になることがあります。
このような方は、しばしば影響力も持っています。
対処法は、「敵に回す」ではなく「巻き込む」ことです。
「あなたのこれまでの経験を、新しい会社づくりに活かしてほしい」というアプローチで、変化の担い手になってもらうことを目指します。
PMIチェックリスト(人材・文化編)
100日プランの進捗確認や、中期的な統合状況の点検に活用してください。
人材マネジメント
- キーパーソンを特定し、個別面談で「残ってほしい」という意思を直接伝えたか
- キーパーソンの役割・期待・処遇の方向性を明確に伝えたか
- 従業員全員に経営方針(変えること・変えないこと)を伝えたか
- 100日以内に全従業員との個別面談を実施したか
- 面談で得た意見を記録し、改善の優先順位を整理したか
- 新体制のプロジェクトや改善タスクにキーパーソンを巻き込んでいるか
- 人事制度の双方の差異を洗い出し、統合方針を検討しているか
組織文化の融合
- 旧経営者が築いてきた文化・価値観を言語化・整理したか
- 「守るべき文化」と「変えるべき文化」を明確に分けたか
- 変える文化については、なぜ変えるのかの理由を従業員に伝えたか
- 情報共有・意思決定のルールを整備・統一したか
- 一体感を育てる場(定例会・勉強会・共同作業など)を設けているか
- 「新しい文化に沿った行動」を認め、見える形で称賛する機会をつくっているか
よくある質問(FAQ)
- Q組織文化の融合が「完了した」とはどう判断しますか?
- A
明確な完了ラインはありませんが、「社員が『うちの会社はこういう会社だ』と自分の言葉で語れるようになったとき」がひとつの目安です。また、部門や旧来の所属を超えて社員同士が自然に協力し合えるようになったことも、融合が進んでいるサインです。
- Q前の経営者の文化が強く根付いていて、変えにくい場合はどうすればよいですか?
- A
まずその文化の「何が価値なのか」を丁寧に理解することから始めてください。良い部分は積極的に守り、継承することを明言します。その上で「これは変えていく」という点を絞り込み、なぜ変えるのかの理由を丁寧に伝えながら進めることが現実的です。変えるべき文化と守るべき文化を混同すると、不必要な摩擦が生まれます。
- Q人材育成に使える補助金はありますか?
- A
事業承継・M&A補助金のPMI推進枠では、PMIに関連する専門家費用が補助対象となる場合があります。また、人材育成関連では、人材開発支援助成金(厚生労働省)が活用できるケースがあります。ただし、補助金の活用はあくまで「人材育成を進めるための手段」であり、補助金ありきで計画を立てるのではなく、事業の目的に合った進め方を先に設計することが重要です。
まとめ
PMIにおける人材マネジメントと組織文化の融合は、最も時間がかかり、最も根気が必要な取り組みです。しかし、ここを丁寧に進めた会社だけが「本当の意味で一つになった組織」を手に入れ、事業の持続的な成長につなげることができます。
- キープレイヤーを早期に特定し、定着に向けた働きかけを行う
- 人事制度は段階的に整備し、不利益変更には細心の注意を払う
- 文化融合は「上書き」ではなく「新しい共通文化を育てること」として取り組む
- 対話の場を継続的につくり、社員が「自分たちの文化を作っている」と感じられるようにする
次回(第8回:PMIにおける財務・業務プロセス統合――資金繰りとシステムの整備)では、PMIの実務的な核心として「財務」と「業務プロセス」の統合を詳しく解説します。
人材・文化の土台を固めながら、数字と仕組みを整えていく段階の具体的な進め方をお伝えします。
PMIシリーズの記事一覧
| 回 | タイトル | 内容 |
|---|---|---|
| 第1回 | PMIとは何か?事業承継後の経営統合を担うフェーズ | PMIの定義・なぜ必要か |
| 第2回 | なぜ中小企業においてPMIが重要なのか? | 中小企業特有の課題とPMIの必要性 |
| 第3回 | PMIが失敗する典型的なパターンと回避策 | 失敗パターンと対策 |
| 第4回 | PMI成功のカギは「現場の実践」――中小企業で活かせるヒント | 現場レベルの成功事例と実践のヒント |
| 第5回 | PMI成功のカギ――リーダーシップとコミュニケーションの力 | 経営者に求められる姿勢 |
| 第6回 | PMI実施手順――100日プランと成功のポイント | 具体的な実施ステップ |
| 第7回 | PMIにおける人材マネジメントと組織文化の融合(本記事) | 人材・文化の統合 |
| 第8回 | PMIにおける財務・業務プロセス統合――資金繰りとシステムの整備 | 財務・業務の実務的統合 |
| 第9回 | PMIの成果を測る――KPI設定とモニタリングの方法 | 成果の見える化と管理 |
| 第10回 | PMIの総括と今後の展望――中小企業における可能性と支援制度の活用 | シリーズのまとめと支援制度 |
事業承継・PMIでお困りの方へ
イグナル・コンサルティングでは、M&A・事業承継後のPMI支援を行っています。
当事務所の支援スタンスは、「事業のなりたい姿の実現を最優先に」することです。「キープレイヤーが不安定になっている」「組織がまとまらない」「どう文化を変えていけばいいかわからない」という段階からのご相談も歓迎しています。人材育成・組織開発・人事制度整備など、幅広い観点から現場に寄り添った支援を行います。
参考資料
- 中小企業庁「中小PMIガイドライン」(令和4年3月)
- 中小企業庁「中小PMIハンドブック」
- 中小企業庁「PMI取組事例集」
- 中小企業庁「PMI実践ツール活用ガイドブック」(令和6年3月)
