第3回の記事では、PMIが失敗する典型的なパターンとその回避策をお伝えしました。
今回は視点を変えて、PMIがうまくいった会社が現場で実際にやっていたことを具体的に紹介します。
PMIの成功事例を聞くと、「うちには大企業のような専任チームも予算もない」と感じる方もいるかもしれません。
しかし、現場レベルの成功事例を見ると、特別な仕組みや高額な投資が必要なわけではないことがわかります。
大切なのは、基本的なことを「きちんとやりきること」です。
- PMI成功の裏側にあるのは「特別な施策」ではなく、現場での地道な実践の積み重ねです
- 「人の不安解消」「業務の見える化」「財務の透明化」の3つが現場実践の核心です
- 中小企業では経営者自身が動くことが最大の推進力になります
- 「自社に合った進め方」を見つけることが、PMI成功の近道です
- 完璧を目指すより、「小さく始めて確実に定着させる」ことが重要です
PMI成功の裏側にある「小さな積み重ね」
中小企業庁の「PMI取組事例集」をはじめ、PMI成功事例を多数分析すると、成功した経営者が共通して口にする言葉があります。
それは「特別なことは何もしていない。当たり前のことを、当たり前にやっただけ」という言葉です。
PMIに成功した会社と失敗した会社の違いは、使った予算や規模ではありません。
「現場で何が起きているかを把握し、一つひとつ対処し続けたかどうか」の違いです。
特に中小企業においては、経営者が現場に近い分、行動すれば変化が早く伝わります。
経営者自身が動き、見て、話しかけることが、PMI成功の最大の推進力になります。
現場実践のヒント①:人の不安を取り除く「対話の習慣」
事例:製造業(従業員20名)での取り組み
ある製造業では、M&Aによる承継後、「社長が変わったら自分たちの雇用はどうなるのか」という不安が現場に広がりました。
生産ラインのベテラン社員が「転職を考えている」という噂が流れ始め、新社長は危機感を持って行動に移しました。
新社長がまず行ったのは、全社員との個別面談でした。
面談の内容は「仕事で困っていることはないか」「この会社の良いところはどこか」というシンプルな問いかけ。
特別な施策を打ったわけではなく、「自分の声を聞いてくれている」という事実が、社員の安心感を生みました。
また、全体説明の場で「給与・雇用条件は変わらない」「前の社長が大切にしてきた職場の雰囲気は守る」と明言したことで、漠然とした不安の多くが解消されました。
結果として、心配されていたベテラン社員の離職はなく、承継後1年で生産効率が改善したといいます。
この事例から学べること
- 「全員に伝える場」と「一人ひとりと話す場」の両方を用意する
- 「変えること」だけでなく「変えないこと」を明確に宣言する
- 社員の声を聞く姿勢が信頼の土台になる
今日からできる実践ステップ
承継後1週間以内を目安に、次の2つを実行することをお勧めします。
- 全体説明の場を設ける:経営方針・処遇の方向性・変えないことを15〜30分で伝える
- 個別面談を順次行う:1人あたり10〜20分程度。「話を聞く」姿勢を大切に
面談は完璧な内容を準備する必要はありません。
「あなたのことを大切に思っている」という姿勢が伝わること自体に大きな意味があります。
現場実践のヒント②:業務フローの「見える化」で属人化を解消する
事例:小売業(従業員8名)での取り組み
ある小売業では、前経営者が長年にわたり仕入・在庫管理・取引先との交渉をすべて一人でこなしていました。
承継後、新経営者が「どの商品をいくつ発注するのか」「どの取引先にどのタイミングで連絡するのか」をまったく把握しておらず、日々の業務に支障が出始めました。
そこで取り組んだのが、業務フローの「見える化」です。
前経営者に1か月かけてヒアリングを行い、頭の中にある業務の手順・判断基準・取引先情報を一つひとつ文書化しました。
作成した業務フロー図はA3サイズ1枚にまとめ、事務所の壁に貼り出しました。
この取り組みにより、新経営者だけでなく若手スタッフも業務の全体像を理解できるようになり、前経営者への問い合わせが激減。
6か月後には、若手スタッフが自主的に仕入れ提案を行うようになり、在庫回転率が向上したといいます。
この事例から学べること
- 業務の見える化は「前経営者が去る前」に着手するのが理想
- 完璧なマニュアルを作ろうとせず、まず「主要業務の流れ」を1枚にまとめることから始める
- 見える化した資料は実際に使いながら更新していく
今日からできる実践ステップ
次の順番で進めると、無理なく着手できます。
- 主要業務をリストアップ:「なくなると困る業務」を10〜20項目書き出す
- 各業務の担当者と手順を確認:「誰が・何を・どの順番で・どう判断するか」を聞き取る
- A4〜A3サイズの図に整理:難しく考えず、フローチャートや箇条書きで十分
- 実際に使って更新:使いながら抜けを補い、半年後に見直す
現場実践のヒント③:財務のオープン化で「数字で考える組織」をつくる
事例:サービス業(従業員12名)での取り組み
あるサービス業では、前経営者が資金繰りや売上・原価の数字をすべて一人で管理しており、幹部社員でさえ会社の財務状況をほとんど知りませんでした。
承継後、新経営者が財務の全体像を把握しようとしたところ、月の収支がどうなっているかさえ即座にわからない状態でした。
新経営者はまず、顧問税理士と協力して月次の損益計算書と資金繰り表を整備しました。
そして、毎月の幹部ミーティングで「先月の売上・原価・利益・資金残高」を共有する習慣をつくりました。
最初は「数字を見せてもらっても何がわかるのか」という反応でした。
しかし3か月が経つと、幹部社員が「このコストを削減できないか」「この商品の原価率が高すぎる」という提案を自発的に行うようになりました。
財務の透明性が、社員の「経営参加意識」を育てたのです。
この事例から学べること
- 財務のオープン化は信頼の証でもある
- 最初から全部共有しようとせず、「売上・原価・利益・資金残高」の4項目から始める
- 数字を共有するだけでなく、「なぜそうなっているか」を一緒に考える場をつくることが重要
今日からできる実践ステップ
- 資金繰り表を作成:顧問税理士と一緒に、最低6か月先の見通しを立てる
- 月次の数字を定例ミーティングで共有:売上・原価・利益・資金残高の4項目から始める
- 「なぜ」を一緒に考える習慣:数字を見せるだけでなく、原因と対策を話し合う場をつくる
現場実践のヒント④:「小さく始める」改善の積み重ね
ここまでの3つの事例に加えて、現場実践で特に大切な視点をお伝えします。
それは「完璧を目指さず、小さく始める」ことです。
PMIに取り組もうとすると、「全部一気にやらなければ」と感じて身動きが取れなくなる経営者がいます。しかし実際には、一度にすべてを変えようとすると現場の混乱を招き、むしろ逆効果になります。
中小企業庁の中小PMIガイドラインも、「できることから始め、段階的に取り組みを広げていく」ことを推奨しています。
優先順位を3つに絞る
PMIで取り組むべきことは数多くありますが、「今最も重要な3つ」に絞って集中することが成果への近道です。
多くの場合「人の不安解消」「資金繰りの把握」「前経営者の業務引き継ぎ」がその3つに当たります。
1か月で「見えた成果」をつくる
最初の1か月は、短期間で目に見える変化を1つでも生み出すことを意識してください。
「全員面談を完了した」「業務フロー図の第一版ができた」「資金繰り表を作った」——こういった小さな達成が、次のステップへの自信につながります。
「できた」を積み上げて組織に広げる
うまくいったことは、他の部署や業務にも展開していきます。
PMIは「一度やって終わり」ではなく、少しずつ改善の範囲を広げていく継続的なプロセスです。
業種別の実践ポイント
PMIの現場実践は、業種によって重点を置くべきポイントが異なります。
参考として整理します。
製造業(従業員10〜30名程度)
技術・品質管理のノウハウが前経営者に集中していることが多く、業務の見える化と技術承継が特に重要です。
また、現場のベテラン作業者が「自分の技術を正当に評価してくれるか」を注視しているため、個別面談での丁寧なコミュニケーションが効果的です。
小売業・飲食業(従業員5〜15名程度)
顧客・仕入先との人間関係が事業を支えているケースが多く、承継の早期報告と挨拶回りが最優先です。
また、パートタイム従業員を含む全員への情報共有が、現場の安定に直結します。
サービス業・建設業(従業員10〜20名程度)
顧客との長期的な信頼関係が収益の基盤になっているため、顧客への挨拶・方針説明を迅速に行うことが重要です。
担当者ベースで動いている業務を組織として機能させる仕組みづくりが課題になりやすい分野です。
PMI成功のために経営者が持つべき3つの視点
現場実践を続けていくうえで、経営者自身に持ってほしい視点があります。
視点①:「完璧な計画」より「動き続けること」
PMIには「これで完了」というゴールがありません。
計画通りに進まないことは珍しくなく、試行錯誤しながら前進することが大切です。
まず動き、修正しながら進めましょう。
視点②:現場の声を「聞き続けること」
承継直後の説明会や面談で終わりにせず、定期的に現場の声を拾い続けることが大切です。
月1回の幹部ミーティング、四半期に一度の全体面談など、「声が届く仕組み」を継続的に維持することが組織の安定につながります。
視点③:「できていること」を認めること
PMIの途中では課題ばかりが目につきがちです。
しかし「先月より従業員が安心して働いている」「業務フローが整理されてきた」という変化も確実にあります。
できていることを自分自身と組織で認め合うことが、長丁場のPMIを乗り越えるエネルギーになります。
よくある質問(FAQ)
- Q現場実践はどこから始めるのが一番効果的ですか?
- A
多くの場合、「人の不安解消」から始めることが最も効果的です。従業員の不安が残ったままでは、業務の見える化も財務のオープン化も機能しません。まず「人」を安定させてから、業務・財務の順で進めることをお勧めします。
- Q前経営者が業務引き継ぎに協力的でない場合はどうすればよいですか?
- A
前経営者が業務引き継ぎに消極的なケースは実際にあります。その場合は、既存の従業員から情報を収集する、顧問税理士や取引先に確認するなど、複数のルートで情報を集めることが現実的です。また、M&A成立前の契約段階で引き継ぎ期間と内容を明確に定めておくことが最善の対策です。
- QPMIの現場実践に使える公的支援はありますか?
- A
事業承継・引継ぎ補助金の「PMI推進枠」が活用できる場合があります。PMIに伴う専門家費用・業務システム整備などが補助対象となるケースがあります。ただし、補助金の活用はあくまで「PMIを進めるための手段」であり、補助金ありきで計画を立てるのではなく、事業の目的に合った進め方を先に設計することが重要です。
まとめ
PMI成功のカギは「現場の実践の積み重ね」にあります。
- 人の不安を解消する対話の習慣:全体説明+個別面談で「変わること・変わらないこと」を伝える
- 業務フローの見える化:前経営者の頭の中を文書化し、属人化を解消する
- 財務のオープン化:数字を共有して、社員の経営参加意識を育てる
- 小さく始めて積み上げる:完璧を目指さず、優先3項目に絞って確実に進める
「自社でできることは何か」を考えながら、まず一歩を踏み出してみてください。
次回(第5回:PMI成功のカギ――リーダーシップとコミュニケーションの力)では、経営者のリーダーシップがPMIに果たす役割を、より深く掘り下げます。
PMIシリーズの記事一覧
| 回 | タイトル | 内容 |
|---|---|---|
| 第1回 | PMIとは何か?事業承継後の経営統合を担うフェーズ | PMIの定義・なぜ必要か |
| 第2回 | なぜ中小企業においてPMIが重要なのか? | 中小企業特有の課題とPMIの必要性 |
| 第3回 | PMIが失敗する典型的なパターンと回避策 | 失敗パターンと対策 |
| 第4回 | PMI成功のカギは「現場の実践」(本記事) | 現場レベルの成功事例と実践のヒント |
| 第5回 | PMI成功のカギ――リーダーシップとコミュニケーションの力 | 経営者に求められる姿勢 |
| 第6回 | PMI実施手順――100日プランと成功のポイント | 具体的な実施ステップ |
| 第7回 | PMIにおける人材マネジメントと組織文化の融合 | 人材・文化の統合 |
| 第8回 | PMIにおける財務・業務プロセス統合――資金繰りとシステムの整備 | 財務・業務の実務的統合 |
| 第9回 | PMIの成果を測る――KPI設定とモニタリングの方法 | 成果の見える化と管理 |
| 第10回 | PMIの総括と今後の展望――中小企業における可能性と支援制度の活用 | シリーズのまとめと支援制度 |
事業承継・PMIでお困りの方へ
イグナル・コンサルティングでは、M&A・事業承継後のPMI支援を行っています。
当事務所の支援スタンスは、「事業のなりたい姿の実現を最優先に」することです。
「現場が安定しない」「何から手をつければよいかわからない」という段階からのご相談も歓迎しています。
補助金(事業承継・M&A補助金のPMI推進枠など)の活用についても、事業の目的に沿った形でご提案します。
参考資料
- 中小企業庁「中小PMIガイドライン」(令和4年3月)
- 中小企業庁「中小PMIハンドブック」
- 中小企業庁「PMI取組事例集」
- 中小企業庁「PMI実践ツール活用ガイドブック」(令和6年3月)
